第5回 診察時の会話 ケーススタディ

サイトへ公開: 2022年03月29日 (火)

(2021年8月31日、Web開催)

第5回配信:「診察時の会話 ケーススタディ」

第5回配信:「診察時の会話 ケーススタディ」

ご出席者(左から):
石井 均 先生(奈良県立医科大学 医師・患者関係学講座 教授)ファシリテーター
田中 永昭 先生(関西電力病院 糖尿病・内分泌代謝センター 部長、糖尿病専門医)
平山 大徹 先生(H.E.Cサイエンスクリニック、薬剤師)
和田 幹子 先生(神奈川県立保健福祉大学 実践教育センター、看護師)

近年、糖尿病にまつわるスティグマが世界的なトピックとなっており、スティグマの克服に向けたさまざまなアドボカシー活動が行われています。糖尿病にまつわるスティグマにより患者さんの治療継続や血糖コントロールに対する意欲を萎縮させることのないよう、医療従事者と患者さんのコミュニケーションがより重要になっていると考えられます。そこで、「スティグマの観点から医療従事者の『言葉』の重要性を考える」をテーマに、長年にわたり、糖尿病治療における医療従事者-患者間の人間関係の重要性を説いてこられた石井 均 先生をファシリテーターにお迎えし、座談会を開催しました。糖尿病診療に携わる医師、看護師、薬剤師の先生方が語った医療従事者の言葉の重さとはーー。
座談会の模様を全5回にわたって紹介します。

第1回:「糖尿病におけるスティグマとは」
第2回:「スティグマが社会活動や治療に及ぼす影響」
第3回:「誤ったイメージがスティグマを生む」
第4回:「国内外のアドボカシー活動の現状と課題」
第5回:「診察時の会話 ケーススタディ」
 

石井 最後に、架空のケーススタディを通して、患者さんが抱えているスティグマや問題を読み解き、どのようなアプローチが可能かを考えてみたいと思います。

【症例1】
45歳、女性、2型糖尿病、HbA1c 9%、BMI 29 kg/m²
たびたび治療を中断している。職場には糖尿病であることを隠しており、薬もトイレで隠れて飲んでいる。小学生と中学生の2人の子どもがいるが、子どもの腹持ちを考え、炭水化物の多い食事を作りがちで、よくないとわかりながら自分も同じものを食べているという。薬局で「もっと安い薬にできないか」と相談したことがわかっている。また、合併症の検査も時間がないからと先延ばししている。

石井 この患者さんの抱えておられるスティグマや問題は何でしょうか。どのような点に注意すればよいでしょうか。田中先生、いかがですか。

田中 経済的にも大変ななかで、子育てをされながら、何とか治療にも取り組もうと、よく頑張っておられる方のようです。

一方で、「治療を中断している」「薬もトイレで隠れて飲んでいる」といった表現から、医療従事者が患者に対してスティグマを与えるような目線があることを感じます。これらは「受診間隔があいている」、「トイレできちんと飲んでいる」と言い換えることが可能です。

医療従事者の目線を患者さんが敏感に感じ取り、治療がうまく進んでいないケースなのではないかと感じました。

石井 薬局で「もっと安い薬にできないか」と相談した、とあります。平山先生は薬剤師ですが、その点はいかがでしょうか。

平山 医療費への発言も含めて、経済的に困っている様子がうかがえます。より安価な治療薬への変更を相談する際に、その他の経済的な困難についてもお話が聞ければいいなと思いました。

石井 和田先生はどのあたりに着目してアプローチされますか。

和田 経済的な困難について聞き出すことができれば、薬剤や食事について調整したり提案することができると思いますが、それを引き出すのがまず大変だろうと思います。でも何とか引き出したい。合併症の検査を先延ばしにしていることも気になりますので、その一つ一つに対して「本当はどうしたいと思っているか」を聞いていきたいですね。そこから一つでもアプローチできるところが見つかればと思います。

石井 ありがとうございます。続いて、症例2に移りたいと思います。

【症例2】
55歳、男性、2型糖尿病、HbA1c 10%、BMI 32 kg/m²
妻が糖尿病に配慮した食事を用意してくれるが物足りず、カップラーメンやお菓子を隠れて食べてしまう。深夜にカップラーメンやテレビを見ながら飲酒・間食することが仕事のストレスからの息抜きになっているが、家族にそのことを頻回に叱責されている。「自分に甘いから」「自分がダメ」と自責的な発言が多いが、「妻が厳しすぎる」と家族への不満ももらしている。体を動かすのは好きだが、運動が続かないことでも自分を責めている。

石井 和田先生はこの患者さんに対し、どのような問題に着目し、アプローチしますか。

和田 深夜に大食いしてしまうというのは、食事療法をされている方によくあることですが、多くの場合、その後に後悔に襲われ、罪悪感を抱いておられます。大食いの引き金になっている感情について、また深夜の飲食が本当にストレス発散や息抜きになっているのかどうかについて聞いてみたいと思います。また、家族のいわゆる「糖尿病警察」のような介入について、「どうして家族がそのような言動をとっていると思うか」についても聞いてみたいと思いました。

石井 平山先生はいかがでしょうか。

平山 私は、体を動かすことが好きというところに注目し、そこからまず相談に乗りたいと思いました。運動が続かないということですので、スマートフォン用のゲームアプリを活用するなど、ウォーキングにゲームの要素を加えることを提案するのもよいかと考えました。

私自身は、持続自己血糖測定器を着けており、食後に運動をすると血糖が如実に下がることを実感しています。それが運動の動機づけにもなっていますので、運動の効果を見える化することも有効だと思います。

石井 田中先生はこの症例をどのように解釈されましたか。

田中 この方は、おそらく仕事をきっちりされる方で、それなのに家や病院では自分を認めてもらえないことに不満があり、苦しんでおられるように感じました。

医療従事者が、「糖尿病患者さんはこういう食事をするべきだ」というステレオタイプな療養指導を患者さんに押し付けることで、スティグマを与えてしまうことがある、その一例と読み取りました。また、隠れ食いをしていることが自尊心の低下につながり、患者さんがご自分にスティグマを与えてしまっている面もあります。

医療従事者としては、ご本人が大事にされているところ、例えば仕事の話をして、日々の頑張りを認めることができるかと思います。そして、食事量を増やすといった調整をして、患者さんの幸福と医療従事者が目指したいところをうまく結び付けられるような作戦が考えられればと思いました。

石井 ありがとうございました。それでは最後の症例にまいりたいと思います。

【症例3】
68歳、女性、2型糖尿病、HbA1c 11%、BMI 25 kg/m²
3ヵ月前、糖尿病と診断されたショックから気持ちが落ち込み、友人との会食なども避けるようになった。老後は旅行と旅先での飲食を楽しみにしていたのに、それも思うままに楽しめない生活ではもう生きている意味がないと言い、治療に取り組む気が起こらない。HbA1c 11%と高値だが、薬物療法はできればしたくないと考えている。前医では、合併症の恐ろしさを慌ただしく説明され、さらに希望しないインスリン治療を勧められたことで、怒って通院をやめ、心配した娘に連れられて受診してきた。

石井 平山先生、この患者さんについて気づいたことをお聞かせください。

平山 この方は、糖尿病に対するイメージがあまり良くないようです。治療に取り組む気が起こらない理由についても、糖尿病への誤解があるような気がしました。インスリン治療が本当に必要かどうかの精査も必要です。また、娘さんを巻き込んで、治療のキーパーソンになってもらえればと思いました。

石井 田中先生はいかがでしょうか。

田中 糖尿病というレッテルを貼られた瞬間に、地獄に落とされたような感じになってしまっています。これこそ社会にあるスティグマの影響であり、本当に残念なことです。

「糖尿病になったからといって、何かを失ったわけではなく、やりたいと思っていることはできますよ」ということを、ぜひ知っていただきたいと思います。インスリン治療については、患者さんがやってみてもいいかなと思えるようなプラス面を強調したお話ができればと思いました。

石井 和田先生はどのようにアプローチされますか。

和田 私は気持ちの落ち込みがまず心配ですので、その内容を聞いてみたいと思いました。糖尿病と診断されたショックということですが、他にもさまざまな理由があるように思います。

友人との会食や旅行での飲食を楽しみにされている方ですので、それがまたできるように一緒に考えたいと思います。インスリン治療を希望しない理由も、なぜ嫌なのかをしっかり聞いて、その気持ちが軽くなったり、「これならできるかもしれない」という、気持ちが動くところを探したいと思いました。

●日々の会話の蓄積が関係性を築く 

石井 3人とも多くの問題を抱えておられましたが、先生方の見立てと、医療従事者がどう支援していけるかという提案は、大変参考になるものだったと思います。

この3人の方々は、患者さんの生活事情や食べ方の特徴、気持ちについて多くの情報が提示されています。検査数値だけではこうした議論にはなりません。つまり、糖尿病をもつ方が、糖尿病に対してどのようなイメージを持っていて、どのような気持ちを抱えているのかをしっかりと聞いていくことが、糖尿病診療の基本になります。

患者さんと医療従事者の関係性は、日々の診療における、会話を中心としたやり取りの蓄積により構築されていきます。患者さんが社会や身近な人、あるいは医療従事者からスティグマを受けている可能性があることを理解し、治療的な会話を重ねていくことこそ、糖尿病をもつ人とともに歩んでいく道なのだろうと思います。

先生方、このたびは貴重なお話をありがとうございました。

日々の会話の蓄積が関係性を築く

References

参照: 石井 均.糖尿病スティグマとアドボカシー.日医雑誌. 2021; 150(特別号2): S258-S261

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