シリーズ「糖尿病診療10年の変遷」

サイトへ公開: 2021年05月31日 (月)

糖尿病治療薬の安全性評価の変遷

監修 石井 均 先生(奈良県立医科大学 医師・患者関係学講座 教授)

監修 石井 均 先生(奈良県立医科大学 医師・患者関係学講座 教授)

過去10年間の糖尿病治療の変遷を各領域のエキスパートにご解説いただくシリーズ企画「糖尿病診療 10年の変遷」。今回は糖尿病治療薬の安全性評価にフォーカスし、奈良県立医科大学の石井 均先生に、糖尿病治療薬の安全性評価の変遷、そして今後の展望についてご解説いただきました。

はじめに

ご存じの通り、糖尿病治療の目標は、血糖、血圧、脂質代謝の良好なコントロール状態と適正体重の維持、および禁煙の遵守を行うことにより、糖尿病の合併症の発症、進展を阻止し、ひいては糖尿病のない人と変わらない生活の質(QOL)の維持、糖尿病のない人と変わらない寿命を確保することにあります1)。日本糖尿病学会の「糖尿病の死因に関する調査委員会」による最新の報告によると、糖尿病のある日本人における死因第1位は悪性新生物の38.3%、第2位は感染症の17.0%、第3位は血管障害(慢性腎不全、虚血性心疾患、脳血管障害)の14.9%であり2)、適切な治療により血管合併症を抑制することができれば、糖尿病のある方の寿命はさらに伸びていくと考えられます。
また、食事療法、運動療法と並んで糖尿病治療の柱である薬物療法は長期間にわたる投与となるため、血糖降下作用に加え、低血糖や血管障害に対する安全性も重要となります。
ここでは、そのような糖尿病治療薬の安全性評価の変遷についてご紹介いたします。

心血管安全性試験の経緯

2008年12月、米国食品医薬品局(FDA)は、2型糖尿病治療薬の新規承認申請を行う製薬企業に、事前にその薬剤の心血管疾患発症リスクを評価しなくてはならないというガイダンスを発表しました3)。これは2007年に一部の糖尿病治療薬による心血管リスク増加が報じられたことが背景にあり4)、承認前の臨床試験で実薬群の対照群に対する心血管リスク増加を80%以内に抑えることを必須とし、この基準を満たしたうえで心血管リスク増加を30%以内に抑えられない場合には市販後に再びアウトカム試験を実施することが要求されました。
このFDAガイダンスは発売中の薬剤にも適用され、糖尿病治療薬の安全性評価は大きく変化しました。それまでは開発段階の臨床試験および市販後の試験や調査において安全性が評価されていましたが、本ガイダンスにより、心血管リスクを評価するために1万人規模の心血管安全性試験が求められるようになったのです。
2010年代はこのFDAガイダンスに則って行われた各製剤の心血管安全性試験の結果が相次いで報告されました。これまで報告された心血管安全性試験において、FDAが定めた基準を超える心血管リスクが示された製剤はなく、さらに一部のGLP-1受容体作動薬やSGLT2阻害薬では、安全性に加え心血管イベント二次予防の減少が示され、注目を集めたのは記憶に新しいところかと思います5-8)

DPP-4阻害薬トラゼンタ®の有効性・安全性および心血管への影響

DPP-4阻害薬は、血糖依存性にインスリン分泌を促進させ食後の血糖上昇を抑制するという作用機序や、単独では低血糖を来しにくいという安全性から、日本では最も多く処方されている経口血糖降下薬です。
DPP-4阻害薬トラゼンタ®は、メトホルミン治療で効果不十分な2型糖尿病患者を対象に、トラゼンタ®追加投与の長期有効性と安全性をグリメピリド追加投与と比較検討した臨床試験において、104週に渡る有効性・安全性が既に報告されていましたが(図1)9)10)、長期の心血管安全性試験としてCARMELINA試験、およびCAROLINA試験が実施されました11)12)。2試験とも心血管イベントのリスクを抱えた2型糖尿病患者に対する心血管イベントへの影響が報告されています。CAROLINA試験は、糖尿病罹病期間が6.3年、ベースラインHbA1cが7.2%と比較的早期の患者を対象としており、試験期間が6年超と長期に渡る試験です。一方、CARMELINA試験は糖尿病罹病期間が14.8年、腎機能が低下した症例が約60%含まれるなど、2型糖尿病が進行した患者を対象にした試験です(図2)。

●DPP-4阻害薬トラゼンタ®の有効性・安全性および心血管安全性

 

●DPP-4阻害薬トラゼンタ®の有効性・安全性および心血管安全性02

糖尿病治療薬の安全性評価の展望

冒頭にお示ししたように、糖尿病治療の目標は糖尿病の合併症の発症、進展を阻止し、糖尿病のない人と変わらないQOLの維持、糖尿病のない人と変わらない寿命を確保することにあります。そのため、糖尿病治療薬の心血管安全性を評価するというFDAのガイダンスの意義はとても大きなものであったと考えます。
FDAは2008年のガイダンス以降に実施された心血管安全性試験の結果を踏まえ、心血管安全性評価中心の内容から、より広範で長期的な第Ⅲ相試験によるリスク評価を行う内容とするガイダンスの改訂案を2020年3月に発表し、現在パブリックコメントを募集しています13)
改訂案では、第Ⅲ相試験の規模として4,000患者・年以上、うち1,500人以上は1年間、500人以上は2年間継続投与することとしています。また、対象患者の条件として、慢性腎臓病500人以上、心血管疾患600人以上、65歳以上の高齢者600人以上を含むこととし、これらの条件を複数有する患者も多いことから、1つ以上の条件を有する患者1,200人以上含めることを目指すとしています。さらに、安全性データの収集にあたり製薬企業が考慮すべき事項として、新たな安全性データの収集が必要な場合は第Ⅲ相試験の開始前にFDAと相談すること、独立したデータ安全性監視委員会を設けること、としています。
この内容はまだ改訂案であるため今後変更となる可能性がありますが、糖尿病の治療目標のよりよい達成に直結するような安全性評価が確立されることを期待したいと思います。

References

  1. 日本糖尿病学会 編・著. 糖尿病治療ガイド2022-2023
  2. 糖尿病の死因に関する委員会報告.糖尿病.2016; 59: 667-84.
  3. U.S. Department of Health and Human Services Food and Drug Administration Center for Drug Evaluation and Research (CDER) . Guidance for Industry Diabetes Mellitus — Evaluating Cardiovascular Risk in New Antidiabetic Therapies to Treat Type 2 Diabetes. https://www.fda.gov/media/71297/download
  4. Psaty BM, Furberg CD. Rosiglitazone and cardiovascular risk. N Engl J Med. 2007;356:2522-4.
  5. Zinman B, Wanner C, Lachin JM, et al. Empagliflozin, Cardiovascular Outcomes, and Mortality in Type 2 Diabetes. N Engl J Med. 2015;373:2117-28.
  6. Marso SP, Daniels GH, Brown-Frandsen K, et al. Liraglutide and Cardiovascular Outcomes in Type 2 Diabetes. N Engl J Med. 2016;375:311-22.
  7. Marso SP, Bain SC, Consoli A, et al. Semaglutide and Cardiovascular Outcomes in Patients with Type 2 Diabetes. N Engl J Med. 2016;375:1834-1844.
  8. Neal B, Perkovic V, Mahaffey KW, et al. Canagliflozin and Cardiovascular and Renal Events in Type 2 Diabetes. N Engl J Med. 2017;377:644-57.
  9. Gallwitz B, Rosenstock J, Rauch T, et al. 2-year efficacy and safety of linagliptin compared with glimepiride in patients with type 2 diabetes inadequately controlled on metformin: a randomised, double-blind, non-inferiority trial. Lancet. 2012;380:475-83. (本試験はベーリンガーインゲルハイム社の支援で行われました。)
  10. Gallwitz B, Rosenstock J, Emser A, et al. Linagliptin is more effective than glimepiride at achieving a composite outcome of target HbA1c < 7% with no hypoglycaemia and no weight gain over 2 years. Int J Clin Pract. 2013;67:317-21. (本試験はベーリンガーインゲルハイム社の支援で行われました。)
  11. Rosenstock J, Perkovic V, Johansen OE, et al. Effect of Linagliptin vs Placebo on Major Cardiovascular Events in Adults With Type 2 Diabetes and High Cardiovascular and Renal Risk: The CARMELINA Randomized Clinical Trial. JAMA. 2019;321:69-79. (本研究はベーリンガーインゲルハイム社・イーライリリー社の支援で行われました。)
  12. Rosenstock J, Kahn SE, Johansen OE, et al. Effect of Linagliptin vs Glimepiride on Major Adverse Cardiovascular Outcomes in Patients With Type 2 Diabetes: The CAROLINA Randomized Clinical Trial. JAMA. 2019;322:1155–66. (本研究はベーリンガーインゲルハイム社・イーライリリー社の支援で行われました。)
  13. U.S. Department of Health and Human Services Food and Drug Administration Center for Drug Evaluation and Research (CDER). Type 2 Diabetes Mellitus: Evaluating the Safety of New Drugs for Improving Glycemic Control Guidance for Industry. DRAFT GUIDANCE. https://www.fda.gov/media/135936/download
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