座談会「災害時の糖尿病診療を改めて考える」第3回:「避難中の服薬サポート」

サイトへ公開: 2023年11月29日 (水)
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ご出席者(左から):
佐藤 譲 先生(東北医科薬科大学 若林病院 名誉病院長)<司会>
安西 慶三 先生(佐賀大学医学部肝臓・糖尿病・内分泌内科教授)
児玉 慎二郎 先生(東北大学大学院 医学系研究科 糖尿病代謝内科学分野 助教)
秋吉 明⼦ 先生(熊本⾚⼗字病院 薬剤部)
阿部 恵美子 先生(元 女川町地域医療センター 看護部) 

未曾有の災害といわれた東日本大震災から12年。その後も、熊本・北海道等の震災被害、また、台風や大雨による被害、火山活動に関する被害など、多岐にわたる災害が毎年のように全国で発生しています。このような背景から、2022年10月に、日本糖尿病協会から災害が発生する前後に役立つ糖尿病連携手帳挟み込み型リーフレットが発行されました。
将来起こりうる災害に備えていただくために必要なこととは―。災害を経験した地域の医師・メディカルスタッフの先生方と災害時の糖尿病診療について改めて考えます。
座談会の模様を全3回にわたってご紹介します。

第1回:災害に備える
第2回:避難中の生活サポート
第3回:避難中の服薬サポート

●災害が血糖管理に及ぼす影響と管理目標

佐藤 ここまでは、「避難中の生活サポート」をテーマに、避難生活における被災者支援、インターネットやSNSを使った災害対策について考えました。続いては、避難中の服薬サポートについて取り上げたいと思います。まずは児玉先生に、災害が被災者の血糖管理に及ぼす影響についてご解説いただきます。

児玉 多くの研究報告で示されているように、被災した2型糖尿病のある方では、中長期的にHbA1cが上昇する傾向がみられます1)2)。支援物資は糖質過剰になることが多く食後血糖が上昇する一方で、夜間や空腹時血糖はかなり低下するという人も多くみられました。
災害による避難生活は普段の暮らしとは大きく異なるため、時期に応じた血糖管理を目指すべきだと思います。少なくとも、災害直後に厳格な血糖管理は必要ないと思います(図1)。

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児玉 東日本大震災当時は混合型のインスリン製剤を使用している方が多くいらしたのですが、避難所では食事も不規則になりますので、注射のタイミングや量の調整など臨機応変な対応をとることが難しく、そのために低血糖が起こってしまう方もみられました。災害時は、経口血糖降下薬を服用している方も含め、低血糖が起こらないようできるだけ血糖管理を安定させることが必要となります。経口血糖降下薬・インスリン製剤ともに、災害対応に適したものに切り替えることも検討するとよいと思います。

佐藤 災害時は高血糖だけでなく、極端な低血糖も避けることが重要ですよね。特に重症低血糖になると、命に危険が及ぶことにもなりかねないので注意が必要です。

安西 災害時においては、食事摂取量に応じた薬剤調節、血糖値を高めに設定、シックデイの予防、脱水予防と簡易血糖測定の継続などが大切で、著しい高血糖や低血糖を避けることが第一目標となります(図2)。特に、災害発生後3日間くらいまでの超急性期には、脱水や昏睡が起こりうる著しい高血糖や低血糖を起こさないようにすることが重要です。また、血糖管理の悪化によるさまざまな合併症の出現にも注意が必要となります。

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佐藤 糖尿病管理について、災害時は平時とは異なる目標設定が必要になりますが、患者さんにそのことを認識してもらうにはどのようにすればよいでしょうか。

阿部 東日本大震災の際に、「以前受講した糖尿病教室で、『災害時は低血糖に気をつけなければいけない。いつもよりも少し血糖値が高くてもよい』と言われたので、避難所ではそれを意識して生活していた」とお話しになっていた患者さんがいました。災害時の目標をあらかじめ共有しておくと、患者さんに落ち着いて対応してもらうことができるのではないかと思います。

佐藤 東日本大震災のときと現在では状況が異なるかもしれませんが、先ほどの児玉先生のお話にもあったように、災害時の薬剤選択も重要になりそうです。

安西 医療救護所や避難所などで被災直後(発災直後から最長10日間程度)に最低限必要と考えられる医薬品リストについては、現状に合わせた更新が必要と考えています。日本災害医学会のホームページに掲載されている「災害時超急性期における必須医薬品リスト(DMATによる救命救急医療用医薬品を除く)2021年改訂版」3) は、東日本大震災後に当時の処方を基に作成されています。最近、新規の糖尿病治療薬が多く使用されており、見直す方向性であると伺っています。

佐藤 東日本大震災が発生した時期にはまだ普及していなかった薬剤もありますので、現状に合わせたリストの見直しは今後の課題だと思います。

児玉 災害時および災害後は、血糖値だけでなく血圧の管理も難しくなります。また、災害時は平時とは異なる環境下での生活になりますので、平時よりも重篤な副作用が起こり得ます。そのため、より副作用の少ない薬剤を選択することも必要であると感じました。

安西 将来的には、災害時における経口血糖降下薬の服薬量の調節、休薬した場合の糖尿病悪化の危険性、災害時に懸念される副作用などの注意点を糖尿病および災害関連学会等でとりまとめ、JMAT(日本医師会災害医療チーム)やDMAT(災害派遣医療チーム)とも共有することが必要と考えています。

佐藤 児玉先生は、東日本大震災のご経験から、血糖管理以外で気づかれた注意点はありますか。

児玉 災害時には海外の医療チームが応援に入ってくれることも多いのですが、海外と日本で血糖値の単位が異なる場合もあるため、応援チームが記載してくれたカルテを確認する際には注意が必要なことも学びました。
そのほか、低血糖対応のために当院から粉状のブドウ糖を持参しましたが、災害直後は避難所に飲料水がないことも多いので、災害発生から3日間の超急性期にインスリン製剤の配布とあわせて、ゼリー状やタブレットなど飲料水が必要ないタイプのブドウ糖を配布してもらうといいのではないかと思います。

佐藤 確かに、災害時にはさまざまな医療支援チームが現場に入るので、混乱が起きないように注意することが必要になりますね。また、災害時の支援では、ミスマッチも起こりやすいので、現場の声を今後の支援に生かすことが重要です。

●治療継続のための服薬支援のポイント

佐藤 秋吉先生、被災中に治療を継続してもらうための服薬支援では、どのようなことがポイントになりますか。

秋吉 災害により治療の中断が起こらないよう支援することが重要です。熊本地震の際、熊本県糖尿病対策推進会議と熊本地域糖尿病療養指導士認定委員会では、「糖尿病で治療中の患者様へ(インスリン編、飲み薬編)」というポスターを作成し、避難所に配布しました。製剤写真や注意点が載っているポスターを目にすることにより、避難中の服薬に関する疑問などについて患者さんから申し出てもらいやすくすることを期待して作成したものです。ポスターには、糖尿病のある方専用の相談窓口も連絡先として記載されていました。患者さんの目にとまりやすいポスターなどの作成は、重要な支援のひとつになると思います。

佐藤 東日本大震災でも、製剤写真が非常に役立ったという声を聞きました。特にインスリン製剤については、患者さんは色や形で記憶している場合もあるので、実際に写真を見せて確認してもらうことも有用ですね。

阿部 インスリン製剤の色のほか、内服薬でも剤型や服薬タイミング、副作用などの特徴を患者さんに覚えておいていただけると、医師が処方する際の助けになると思います。

佐藤 災害時の薬剤の保管については、患者さんにどのように説明するのが適切でしょうか。

秋吉 患者さんがご自宅から持ち出した薬剤がある場合は、薬剤の品質が担保されていることを確認する必要があります。保管環境下における製剤の安定性については、各薬剤のインタビューフォームを参考にするとよいと思います。
また、インスリン製剤の保管温度や保管方法については、製剤ごとに対応が異なりますし、季節によっても変わりますので、状況を確認しながら患者さんにアドバイスすることが必要です。使用中(使用開始後)の保管温度に関しては、添付文書等に具体的な温度や室温保存等の記載があればそれを遵守しますが、例えば、保管環境の温度が30℃を超え不安がある場合には、冷蔵庫で保管することや、冷蔵庫で冷やした保冷剤・冷たい飲み物のペットボトルなどをタオル等で包み、インスリンに水滴がつかないようにして一緒に保冷バッグに保管することなどを検討します。また、直射日光には当てない、屋内であっても風通しのよいところに置くなど、可能な範囲で柔軟に対応していただけるようアドバイスしています。

佐藤 服薬支援について、ほかに先生方からご意見はありますか。

児玉 患者さんに配布されている資料の内容が異なっていると、混乱が生じて現場での対応が難しくなるため、多くの患者さんに当てはまる一般的な指示に関する記載は、できれば統一されるのが望ましいと思います。

安西 現在は、団体や自治体ごとに、さまざまな災害対応パンフレットが作成されています。内容についてもおそらくばらつきがあると、現場で混乱する要因になることも考えられますので、糖尿病協会で一度、各種パンフレットを集めて現状把握をしたいと考えています。

児玉 糖尿病は患者さんによって病態が異なることもあり、難しい面はあると思いますが、現場としては統一した資料があると大変ありがたいです。また、災害時は、糖尿病が専門ではない先生方に応援に入っていただくこともあります。専門外の先生方が糖尿病治療薬を処方されることもありますので、災害時における服薬タイミングの指示などについて、専門外の先生方向けの指針を示していただくとよいのではないかと思います。

安西 災害後3日間の超急性期の時期で、食事がまったく摂れないときの糖尿病治療薬の内服について減量するのか中止するのかも含めて、一定の方向性を示していければと考えています。

佐藤 現在はさまざまな糖尿病治療薬がありますので、厳密に考えると一律の対応が難しい面もあるかと思います。そのあたりにも注意しながら、今後必要な対策について検討する必要がありそうですね。

●平時の生活に戻るまでの移行期で大切なこと

佐藤 災害発生直後から平時の生活に戻るまでの移行期で大切なことについて、先生方から一言いただけますでしょうか。

安西 災害時には、どうしても治療中断してしまう患者さんが出てきます。そうした方たちをどのように治療継続へつなげていくかが大切です。治療中断の理由には、災害によるショックにより、気持ちの面で糖尿病となかなか向き合えないという心理的な問題もあります。心理的側面も含めて、医療者が丁寧にサポートすることが必要だと考えています。

児玉 患者さんには平時からかかりつけ医を持っていただき、医療関係者と患者さんとで意思の疎通を図ることが大切です。そのうえで、災害時は紹介状がなくても患者さんを受け入れるなど、かかりつけでない病院でも患者さんの受け入れに協力できる体制を構築できればと思います。

秋吉 災害発生後の患者さんは精神的な負担も大きく、平時の生活に戻るのが困難なことも多いと思います。そのような方たちを時間の経過とともに、うまく自立に導いていくことも大切だと思います。

阿部 東日本大震災では、震災後に身体的な問題から亡くなられた方や、金銭的な負担を苦にして自ら命を絶った方を見てきました。まず生きることを支援し、それから糖尿病の治療に向き合っていただけるよう、医療者として患者さんに寄り添っていけるとよいと考えています。

佐藤 私の経験では、ご家族を亡くしたショックや東日本大震災後のストレスなどが原因で、平時と同じような生活に戻っても不定愁訴が多く、心のケアが必要な患者さんが多くみられました。災害が終息してもそれで終わりではなく、患者さんのその後の生活まで含めたトータルなケアが必要だと思います。

●災害時における糖尿病診療で大切なこと

佐藤 最後に、今回の座談会を通してのまとめを一言ずつお願いします。

児玉 東日本大震災を経験して思ったことは、普段から糖尿病の治療について患者さんに適切なアドバイスができていれば、災害が発生しても血糖管理の乱れが最小限ですむということです。われわれの最大の責務は平時の血糖管理をしっかり行うことと、患者さんに疾患や薬剤のことをよく理解していただくことだと考えています。

阿部 患者さんの中には1日3回血糖値を測っているのが測れない状況になり、とても神経質になっている方もいらっしゃいました。災害時には柔軟性を持って対応いただくことの大切さも、普段から患者さんにお伝えできるとよいと思います。

秋吉 災害を経験して感じたのが、平時からの災害に対する医療者の研修、教育が大事だということです。研修を行っていても、実際の災害の現場では研修どおりにはいかないということが多々ありました。研修どおりにはいかないということも念頭に置きつつ、日頃から医療者一人ひとりの対応力を養うことが大切だと思いました。

安西 東日本大震災から12年経ちましたが、震災の爪痕がまだ残っています。またその後も地震だけでなく水害や土砂崩れなどさまざまな災害が発生しています。われわれは常に、災害がいつ発生してもおかしくないということを肝に銘じ、若い世代の医療関係者や患者さんに伝えていく必要があると思いました。

佐藤 災害時における糖尿病診療には、身体的な問題だけでなく心理的な問題も含めたさまざまな配慮が必要であると、本日のみなさんのお話を聞いていてあらためて感じました。
本日は、先生方の貴重な経験に基づくお話をありがとうございました。

●2型糖尿病のある方のトラゼンタ®からトラディアンス®への切り替えのエビデンス

2型糖尿病のある方は高血圧や脂質異常症など、ほかの生活習慣病を併発していることも多く、災害時および災害後に治療を継続してもらうためには、服薬アドヒアランスを向上させることが重要です。トラディアンス®配合錠はクラス内で唯一2つの用量規格を持つ配合剤であり、患者さんの血糖管理状態に合わせて1日1回1錠の用法を変えることなく増量が可能です。
* DPP-4阻害薬とSGLT2阻害薬の配合剤として(2023年8月現在)

トラゼンタ®5mg単剤で血糖コントロール不十分な日本人2型糖尿病患者275例を対象に、トラディアンス®配合錠AP(エンパグリフロジン10mg/リナグリプチン5mg)を24週間1日1回経口投与したときの有効性および安全性をトラゼンタ®5mg投与と比較検討しました(図34)5)

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主要評価項目である投与24週後のHbA1cのベースラインからの調整平均変化量は、トラゼンタ®5mg+プラセボ群0.21%に対し、トラディアンス®配合錠AP群では-0.93%と有意な低下が認められ、トラゼンタ®錠からトラディアンス®配合錠APへの切り替えによるHbA1c低下作用が検証されました(図4)。

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また、本試験ではトラディアンス®配合錠AP投与24週後に血糖コントロールが不十分な患者さんに対して、28週目にトラディアンス®配合錠BP(エンパグリフロジン25mg/リナグリプチン5mg)へ増量し、52週間投与によるHbA1c低下作用を検討しました。その結果、投与開始時から投与52週目までのHbA1cは図5左のように推移しました。投与52週後におけるHbA1cのベースラインからの変化量(副次評価項目)は、トラディアンス配合錠AP・BP全投与群-1.16%、トラゼンタ5mg+プラセボ全投与群0.06%となり、トラディアンス配合錠AP・BP全投与群のトラゼンタ5mg+プラセボ全投与群に対する差は-1.22%で、HbA1cの有意な低下が認められました(p<0.0001、MMRM)(図5右)。

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また、投与52週後の体重のベースラインからの変化量(参考情報)、収縮期血圧のベースラインからの変化量(参考情報)は図6のとおりでした。

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52週間投与における副作用発現割合は、トラディアンス®配合錠AP・BP全投与群で20.3%(37/182例)、トラゼンタ®5mg+プラセボ全投与群で7.5%(7/93例)でした(図7)。主な副作用は、トラディアンス®配合錠AP・BP全投与群では血中ケトン体増加4.4%(8/182例)等であり、トラゼンタ®5mg+プラセボ全投与群では無症候性細菌尿3.2%(3/93例)でした。
投与中止に至った副作用として、トラディアンス®配合錠AP群では発疹および頻尿いずれも0.5%(1/182例)、トラゼンタ®5mg+プラセボ追加投与群では低血糖1.1%(1/93例)が認められました。重篤な副作用として、トラディアンス®配合錠BP群で2例(副腎新生物、および肺の悪性新生物)、およびトラディアンス®配合錠AP群で1例(脳出血)が認められ、このうちトラディアンス®配合錠AP群で発現した脳出血の重症度は高度で、死亡に至りました。

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References

  1. Kondo T, et al. J Diabetes Investig. 2019; 10(2): 521-530.
  2. Ogawa S, et al. BMJ Open. 2012; 2(2): e000830.
  3. 災害時超急性期における必須医薬品リスト(DMATによる救命救急医療用医薬品を除く)2021年改訂版(https://jadm.or.jp/contents/model/
  4. 須崎恵子ほか:社内資料 エンパグリフロジン/リナグリプチン配合剤国内第Ⅲ相比較・検証試験(承認時評価資料)
  5. Kawamori R, et al. Diabetes Obes Metab. 2018; 20(9): 2200-9. 
    (本試験はベーリンガーインゲルハイム社/イーライリリー社の支援により行われました。)
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