シリーズ「糖尿病診療10年の変遷-薬物療法の変遷-」

サイトへ公開: 2021年04月01日 (木)

薬物療法の変遷

監修 原田 範雄 先生(京都大学大学院 医学研究科 糖尿病・内分泌・栄養内科学 准教授)

監修 原田 範雄 先生

過去10年間の糖尿病治療の変遷を各領域のエキスパートにご解説いただく連載企画「糖尿病診療 10年の変遷」。 ここ10年の糖尿病薬物療法のトピックとしては、2009年以降のインクレチン関連薬とナトリウム/グルコース共輸送体2(SGLT2)阻害薬の登場、および日常診療への浸透が挙げられます。今回は、dipeptidyl peptidase 4(DDP-4)阻害薬にフォーカスし、京都大学大学院の原田範雄先生に薬物療法の変遷をご解説いただきました。

●DPP-4阻害薬登場以前の糖尿病治療薬の課題

DPP-4阻害薬の登場以前は、「強化療法による厳格な血糖マネジメントは合併症の発症を抑制するか?」という観点から、複数の大規模臨床試験が行われた時代でした。強化療法の心血管イベントへの影響を検討したUKPDS 33では、2型糖尿病のある方において厳格な血糖マネジメントは食事療法中心の従来療法と比べて細小血管症の進展を軽減するものの、低血糖・体重増加リスクを伴うことが1998年に報告されました1)。一方、肥満および2型糖尿病のある方で強化療法の効果を検討したUKPDS 34では、従来療法およびUKPDS 33での強化療法に比べて糖尿病性合併症リスクが抑制されることが報告されています2)。ただし、ここで注目すべきは血糖マネジメントの持続期間です。UKPDS 33・34ともに追跡期間は約10年で、強化療法群のHbA1cは介入直後に改善するものの、長期の血糖マネジメントの維持は得られないことが明らかになったわけです。
 さらに2008年に報告されたACCORD試験は、心血管疾患ハイリスクの糖尿病のある方においてHbA1c値を正常範囲(<6.0%)に低下させる強化療法を検討した試験ですが、試験の強化療法群では、体重増加に加えて重症低血糖が高い頻度で起こっていたことがわかっています3)
 これらの2000年代までに実施された大規模臨床試験の報告は、糖尿病治療のゴールは厳格な血糖マネジメントにあるのではなく、細小血管症および大血管症も含めた心血管イベント抑制にあることを教えてくれます。そのためには治療による重症低血糖を回避する必要があり、低血糖をきたしにくい糖尿病治療薬が望まれるようになりました。

●インクレチンの発見とDPP-4阻害薬の開発

DPP-4阻害薬の開発の歴史は、インクレチンの働きの増強、血糖値の改善に成功した歴史といえるでしょう。インクレチンとは食事摂取に伴って消化管から分泌され、膵β細胞に作用してインスリン分泌を促進するホルモンの総称です。インクレチンとしてグルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(GIP)が1970年前後に発見され4)5)、次いで1983年に、グルカゴン様ペプチド(GLP)-1が発見されました6)
 GIP・GLP-1は、蛋白分解酵素DPP-4によって速やかに不活性型に分解されることが1995年に明らかになり7)、DPP-4ノックアウトマウスでは野生型マウスとで比べて経口糖負荷後に活性型GLP-1濃度と血漿インスリン濃度が有意に上昇すること、血糖値は有意に低下することが示されました8)。さらに同検討でDPP-4阻害薬を投与したGLP-1ノックアウトマウスでも経口糖負荷を行ったところ、耐糖能の改善を認めたため、DPP-4阻害による耐糖能の改善にはGLP-1のみでなく他のインクレチンを介した作用が想定されました。その後、GLP-1/GIP受容体ダブルノックアウトマウスでの検討により、インクレチンはGLP-1とGIPの2つであることが明らかになったのです9)
 こうした背景のもと、2000年以降よりDPP-4阻害薬の開発が加速していくことになります。2004年頃より2型糖尿病のある方を対象とした複数のDPP-4阻害薬の臨床試験成績が報告され、2006年に米国食品医薬品局(FDA)が初のDPP-4阻害薬としてシタグリプチンを承認しました10)。日本でも2010年代には複数のDPP-4阻害薬が日常診療で使用可能となりました。DPP-4阻害薬は血糖の上昇に伴って作用するため低血糖を起こしにくく、また、体重に影響を与えないため臨床で広く使用されるようになりました。

●トラゼンタ®の製剤特性と長期有効性・安全性

DPP-4阻害薬は、その創薬アプローチからジペプチド型と非ペプチド型に大別されます。ジペプチド型はDPP-4が認識するペプチド結合を模倣して作られたもので、非ペプチド型は化合物ライブラリーから発見されたリード化合物の構造を最適化したものです。今から約10年前の2011年9月に本邦で承認されたリナグリプチン(トラゼンタ®)は非ペプチド型DPP-4阻害薬で、キサンチン骨格構造を有します11)。トラゼンタ®は投与後96時間までに約5%が尿中に、約80%が糞中に排泄されること、尿・糞中に排泄された未変化体の割合はそれぞれ71%・91%であったことから12)、腎機能の程度によらず同一用量で投与することが可能なDPP-4阻害薬となっています(図1)。
 一方、DPP-4阻害薬の登場以前に課題となっていた長期の血糖マネジメントの維持に関して、トラゼンタ®の2年(104週)にわたる無作為化二重盲検非劣性試験が行われ、その結果が2012年に報告されています13)14)。本試験の目的はメトホルミン治療で効果不十分な2型糖尿病患者において、トラゼンタ®追加投与の長期有効性および安全性をグリメピリド追加投与と比較検討することでした。結果、104週目におけるHbA1cのベースラインからの変化量は、トラゼンタ®+メトホルミン群で-0.16%、グリメピリド+メトホルミン群で-0.36%であり、群間差は0.20%(97.5%信頼区間0.09-0.30;p=0.0004、ANCOVA、非劣性マージンp<0.0125[片側])で非劣性基準を満たし(図2)、トラゼンタ®は長期にわたりグリメピリド(平均2.45mg)と同様のHbA1c低下作用を示すことが明らかになりました。
 なお、本試験では薬剤に関連する有害事象としてトラゼンタ®群で15%(118/776例)、グリメピリド群で39%(300/775例)が報告されています。主なものは低血糖(トラゼンタ®群58例;7%、グリメピリド群280例;36%)、鼻咽頭炎(トラゼンタ®群124例;16%、グリメピリド群125例;16%)背部痛(トラゼンタ®群71例;9%、グリメピリド群65例;8%)でした(表1)。

トラゼンタ®の製剤特性と長期有効性・安全性01トラゼンタ®の製剤特性と長期有効性・安全性02トラゼンタ®の製剤特性と長期有効性・安全性03

●患者さんの病態に応じて行う薬物療法

1999年のチアゾリジン薬の上市以来、糖尿病領域で新たな作用機序を持つ治療薬は約10年間登場していませんでした。2009年以降のDPP-4阻害薬やGLP-1受容体作動薬、SGLT2阻害薬の登場により、わが国の糖尿病薬物療法の選択肢は急速に広がっています。日本糖尿病学会による「糖尿病診療ガイドライン2019」では「薬物の選択は、それぞれの薬物作用の特性や副作用を考慮に入れながら、各患者の病態に応じて行うこと」と記載されております15)。臨床医が年齢や腎機能、服薬アドヒアランスなどを勘案し、重症低血糖や体重増加をきたしにくく、長期の血糖マネジメントと安全性が保たれ、患者さんや介護者の負担を軽減しうる薬剤選択を行うことが求められます。

References

1) UK Prospective Diabetes Study (UKPDS) Group. Intensive blood-glucose control with sulphonylureas or insulin compared with conventional treatment and risk of complications in patients with type 2 diabetes (UKPDS 33). Lancet. 1998; 352: 837-53.
2)UK Prospective Diabetes Study (UKPDS) Group. Effect of intensive blood-glucose control with metformin on complications in overweight patients with type 2 diabetes (UKPDS 34). Lancet. 1998; 352: 854-65.
3) Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes Study Group, et al. Effects of intensive glucose lowering in type 2 diabetes. N Engl J Med. 2008; 358: 2545-59.
4)Brown JC, Mutt V, Pederson RA. Further purification of a polypeptide demonstrating enterogastrone activity. J Physiol. 1970; 209: 57-64.
5)Jörnvall H, Carlquist M, Kwauk S, et al. Amino acid sequence and heterogeneity of gastric inhibitory polypeptide (GIP). FEBS Lett. 1981; 123: 205-10.
6)Bell GI, Sanchez-Pescador R, Laybourn PJ, et al. Exon duplication and divergence in the human preproglucagon gene. Nature. 1983; 304: 368-71.
7)Kieffer TJ, McIntosh CH, Pederson RA. Degradation of glucose-dependent insulinotropic polypeptide and truncated glucagon-like peptide 1 in vitro and in vivo by dipeptidyl peptidase IV. Endocrinology. 1995; 136: 3585-96.
8)Marguet D, Baggio L, Kobayashi T, et al. Enhanced insulin secretion and improved glucose tolerance in mice lacking CD26. Proc Natl Acad Sci U S A. 2000; 97: 6874-9.
9) Hansotia T, Baggio LL, Delmeire D, et al. Double incretin receptor knockout (DIRKO) mice reveal an essential role for the enteroinsular axis in transducing the glucoregulatory actions of DPP-IV inhibitors. Diabetes. 2004; 53: 1326-35.
10) Kim W, Egan JM. The role of incretins in glucose homeostasis and diabetes treatment. Pharmacol Rev. 2008; 60: 470-512.
11)Nabeno M, Akahoshi F, Kishida H, et al. A comparative study of the binding modes of recently launched dipeptidyl peptidase IV inhibitors in the active site. Biochem Biophys Res Commun. 2013; 434: 191-6.
12) トラゼンタ錠承認時評価資料:Blech S, et al. 社内資料 ヒトでの代謝物検討試験.
13)Gallwitz B, Rosenstock J, Rauch T, et al. 2-year efficacy and safety of linagliptin compared with glimepiride in patients with type 2 diabetes inadequately controlled on metformin: a randomised, double-blind, non-inferiority trial. Lancet. 2012; 380: 475-83. 本試験はベーリンガーインゲルハイム社の支援で行われました。
14) Gallwitz B, Rosenstock J, Emser A, et al. Linagliptin is more effective than glimepiride at achieving a composite outcome of target HbA₁c < 7% with no hypoglycaemia and no weight gain over 2 years. Int J Clin Pract. 2013; 67: 317-21. 本試験はベーリンガーインゲルハイム社の支援で行われました。
15) 日本糖尿病学会 編・著.糖尿病診療ガイドライン2019.東京:南江堂;2019.

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