座談会「災害時の糖尿病診療を改めて考える」第2回:「避難中の生活サポート」

サイトへ公開: 2023年10月31日 (火)

第2回配信:「避難中の生活サポート」

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ご出席者(左から):
佐藤 譲 先生(東北医科薬科大学 若林病院 名誉病院長)<司会>
安西 慶三 先生(佐賀大学医学部肝臓・糖尿病・内分泌内科教授)
児玉 慎二郎 先生(東北大学大学院 医学系研究科 糖尿病代謝内科学分野 助教)
秋吉 明⼦ 先生(熊本⾚⼗字病院 薬剤部)
阿部 恵美子 先生(元 女川町地域医療センター 看護部)

未曾有の災害といわれた東日本大震災から12年。その後も、熊本・北海道等の震災被害、また、台風や大雨による被害、火山活動に関する被害など、多岐にわたる災害が毎年のように全国で発生しています。このような背景から、2022年10月に、日本糖尿病協会から災害が発生する前後に役立つ糖尿病連携手帳挟み込み型リーフレットが発行されました。
将来起こりうる災害に備えていただくために必要なこととは―。災害を経験した地域の医師・メディカルスタッフの先生方と災害時の糖尿病診療について改めて考えます。
座談会の模様を全3回にわたってご紹介します。

第1回:災害に備える
第2回:避難中の生活サポート
第3回:避難中の服薬サポート(2023年11月公開予定)

●避難生活における被災者の体調変化とその支援

佐藤 ここまでは、「災害に備える」をテーマに糖尿病のある人の災害の備えで必要なことや、医療者の連携上の課題などについて考えました。続いては、避難中の生活サポートについて取り上げたいと思います。まずは児玉先生に、避難環境、避難所における被災者の体調変化についてご解説いただきます。

児玉 災害発生直後のいわゆる超急性期(約2日間)には水分が十分摂れないため、急性腎障害を起こす方がいます。飲料水が届いても避難所の仮設トイレが汚いということで水分を摂るのを控えることが原因になる場合もありますし、特に高齢者の方は渇中枢の機能が低下しているため、脱水から急性腎障害になりやすいことが問題となります。
また、東日本大震災の経験では、1週間くらい経つと支援物資が届くようになりましたが、食事は糖質や塩分の多いものがほとんどで、10時頃と16時頃の1日2食の配給が多かったため、18時間近く絶食状態が続くような環境でした。災害時は平時とは環境や食事内容が異なりますので、血糖管理が多少乱れるのはやむを得ないと考えていますが、高血糖高浸透圧性症候群(HHS)や低血糖症を防ぐことが非常に重要となります。

佐藤 災害時などの緊急時は、特に1型糖尿病のある方への対応が課題となりやすいですよね。

児玉 常にインスリンと注射針を携帯しておかなければならないことも含めて、平時から患者さんに説明し、理解しておいていただくことが必要かと思います。1型糖尿病のある方や2型糖尿病でもインスリン依存状態にある方には、インスリン注射を中断しては危険だということを知っておいていただくことが必要です(図1)。

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また、糖尿病薬以外で、抗てんかん薬や抗不整脈薬、膠原病の治療薬など中断してはいけないお薬を中断してしまった結果、発作を起こしたり重篤な症状になったりして救急搬送になったケースもありました。やはりお薬手帳を携帯しておくことや服用している薬剤をストックしておくことは、すごく重要だと思います。

佐藤 われわれは糖尿病診療をしているので血糖管理だけに目が向きがちですが、そのほかの薬剤の中断にも注意が必要ですね。阿部先生も東日本大震災をご経験されていますが、避難所での患者さんたちの様子はいかがでしたか。

阿部 老眼鏡を携帯せずに避難していたためにインスリンの単位がよく見えず、誤った単位で打ち続けて低血糖が起きた方や、入れ歯がなくて固いものが食べられないため野菜ジュースなどを積極的に摂った結果、血糖管理が不十分になってしまった方がいらっしゃいました。先ほど児玉先生のお話にもありましたが、避難所では食事が普段どおりには摂れないですし、ラーメンや焼きそばなど温かい食事の炊き出しがあると食べたくなってしまいますので、家族や友人で小分けにして食べる、炊き出しを食べたときには通常の食事量を減らすなどの工夫も必要だと思います。
また、食料などの支援物資が配られる時間とインスリン注射のタイミングが合わなかった、人前でインスリン注射を打つことをためらってしまったなどの理由でインスリン注射を打つ適切なタイミングを逃してしまい、低血糖を起こしてしまったということもあったようです。

秋吉 災害時には平時の服薬指導に加えて、災害時に懸念される副作用や注意点についてしっかり説明することが必要だと思います。経口血糖降下薬を服用中の場合は、お薬の効果と災害時の食事の変化がかみ合わずに低血糖が起きたり、副作用による体調変化が起きたりすることが予想されます。そのため、経口血糖降下薬の調節が必要となる場合もあると思います。具体的な調節については医師の指示が基本となりますが、糖尿病専門医がその場にいない場合は、一般的な調節方法などについて薬剤師からお伝えすることもあります。

佐藤 12年前の東日本大震災のときに比べて、現在は新しい薬剤が次々に発売されていますので、新たな注意が必要になりそうですね。

秋吉 災害時には主治医以外の医師から処方されることも多いので、薬剤の重複処方やポリファーマシーへの注意が必要となります。その際は、お薬手帳などを活用します。また、場合によっては、一時的にシンプルな処方にしていただくことも必要かと思います。

●合併症の予防やストレス対策、心のケア

佐藤 避難生活では合併症予防も課題になるかと思いますが、児玉先生、この点についてはいかがでしょうか。

児玉 実際に避難所で診察した患者さんでは、足の感染症になる方が多く、足壊疽になってしまった方もいらっしゃいました。

佐藤 元々あった足壊疽が悪化するということではなく、災害をきっかけに足壊疽が発症するということは、現場の先生方には浸透しているのでしょうか。

児玉 はい、感染症では足壊疽が一番問題となっていました。避難所では入浴やシャワーを浴びるのが難しい状況にはなりますが、少なくとも足を観察して患者さんに自己申告していただくことは必要かと思います。また、避難所の環境では水分補給や運動が思うようにできないため深部静脈血栓症を予防することが必要ですし、歯磨きなどにより口腔内の衛生状態を保つことが難しくなるため、誤嚥性肺炎にも注意が必要です。

佐藤 避難所ではなかなか完璧な対策を立てるのが難しいところはありますが、感染症への注意は重要ですね。こうした避難所特有の環境の問題もありますが、災害時の対応としては、患者さんのストレスのケアも必要になりますよね。

阿部 患者さんのストレスと糖尿病診療について、皆さんにご紹介したい事例があります。50代の男性が震災後に初めて当センターに来院されたとき、検査値がかなり悪化していました。診察までの待ち時間の間に声をかけたところ、3ヵ月前に息子さんが自殺され、さらに東日本大震災による津波で妻と母親を亡くされたとのことで、自暴自棄になっていたようでした。
その方は、こう話されました。

「糖尿病と診断されてからは食事にも気をつけ、水泳などの運動療法も行ってきた。しかし、今回の津波で家も家族も仕事もなくし、もう何もなくなった。もう二度と飲まないと思っていたお酒も浴びるように飲んでいる。夜は避難所で暗くなると津波の恐怖や家族のことを思い出してしまい、ほとんど眠れない。日が昇ると安心してウトウトし、暇があればタバコばかり吸っている。もう生きていても仕方がないし、インスリンも打っていない。このがれきの街はもう見たくないから妻の出身地の北海道へ骨を持って行こうと思っている。一応、その前にインスリンをもらおうとここに来た」

震災前によくご家族のお話を聞いていたこともあり、いま、この患者さんがどれだけ辛い思いをしているのかと思うと、胸が詰まりました。まずは震災前の生活に少しずつ戻していくことが大切だと思い、この患者さんに対しては厳しく指導すると逆効果になり、治療を中断してしまうかもしれないということを医師にも伝えました。医師の診察後に再度声をかけたところ、だいぶ落ち着かれたようで、一度北海道に行ったら戻ってきて、また石巻で事業を立ち上げようと決心したと涙ぐみながらお話されていました。

児玉 震災から間もない時期に、厳格な血糖管理を強いる必要はないですし、長期的な合併症予防の話も適切ではない場合もありますよね。医療者が、治療は急がなくても大丈夫と患者さんに言ってあげることも大切です。

佐藤 被災された患者さんはストレスも多いので、平時どおりの治療だけではなく、心のケアを含めた対応が必要になりますよね。秋吉先生は、患者さんに服薬指導をされる際、どのような配慮が必要だと思われますか。

秋吉 患者さんが精神的ストレスを抱えていらっしゃるということを念頭に置いて対応することや、スティグマへの配慮を認識しておくことだと思います。周りに人が多いときには「糖尿病の薬」という言い方はせず、「血糖値のお薬」「糖のお薬」という表現を使うようにしています。
あとは、患者さんが周囲の目を気にせずに服薬や自己注射ができるように支援したり、糖尿病があるということを周囲の人に伝えられるような避難所の環境づくりをする、ということも重要であると思います。

佐藤 スティグマやアドボカシーの問題から、糖尿病という疾患名の使い方にも配慮する必要がありますよね。避難所には多くの人がいるので、薬剤の呼び方についても配慮されているということで、非常に参考になりました。

●インターネットやSNSを使った災害対策

佐藤 次に、避難生活中のインターネットによる情報収集、インターネットやSNSを使った災害対策について考えてみたいと思います。安西先生、現在の日本糖尿病協会での取り組みについて、ご紹介いただけますでしょうか。

安西 現在、日本糖尿病協会では、コミュニケーションアプリLINEの公式アカウントを1つ持っており、災害時にはLINEを災害モードに切り替える仕組みにしています(図2)。災害の程度や災害時に必要な対応などは地域ごとに異なることが予想されるため、2024年度中に都道府県ごとのアカウントを作成したいと考えています。災害用に限定してしまうと、なかなか皆さんに見ていただけないということもあるので、平時には日本糖尿病協会の月刊誌「さかえ」の案内や災害教育に関するメッセージを配信することを検討しているところです。

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佐藤 災害時には、具体的にどのような情報が発信されるイメージでしょうか。

安西 こちらからは、被災地で対応することが可能な糖尿病専門医や日本糖尿病療養指導士(CDEJ)、地域糖尿病療養指導士(CDEL)がいる医療機関・薬局などをご案内することを想定しています。さらに、患者さんからも情報が発信できるよう双方向性の情報共有ができるといいのかなと。あとは、1型糖尿病のある方が登録されると、たとえば個別のメッセージで、インスリンなど糖尿病関連の器具が不足しているといったSOSが出された場合に、連絡を取り合って対応することも可能になるのではないかと思います。

佐藤 患者さん側からの情報も受けられるというのは、医師にとっては非常に便利ですし、患者さんも安心ですよね。ほかにもこういったアプリを使った取り組みというのは進んでいるのでしょうか。

安西 佐賀大学では、位置情報の発信により薬剤不足や安否確認をするためのアプリを開発しました。薬剤は、保険調剤明細書などに記載されている二次元コードを読み込むことで登録でき、急性期48時間以内より使用再開が必要である「休薬危険薬剤」と亜急性期7日以内より使用再開が必要である「準休薬危険薬剤」に分類されます。スマートフォンをお持ちでない方には二次元コードが入ったカードを配布し、親端末を利用して健康情報をサーバーに記録しますので、このカードを持っておいていただければ、避難所で情報を読み取って対応することが可能です(図3)。ほかには、患者対応できる医療機関や薬局を地図上で表示し、メモやルートと一緒に保存しておける機能の付いた地図アプリなども開発しています。

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いまはインターネットやSNSでさまざまな情報を入手することができる時代です。大切なのは、そういった情報や手段を日頃から家族や身近な人と共有しておくことです。いろいろな方法や機能を使って上手に情報共有していけるといいのではないかと思います。

佐藤 今後は、こういったツールの活用が当たり前になることが予想されますが、インターネットやSNS、位置情報を活用した情報収集・共有がかなり進んでいることにあらためて驚きました。ありがとうございました。

●腎機能の程度の異なる2型糖尿病のある方に対するトラゼンタ®のエビデンス

災害時における血糖管理では、低血糖症を防ぐことがポイントの一つとなっています。一般的に、腎機能の低下とともに、糖代謝異常や糖尿病治療薬の活性代謝物の排泄低下などによって低血糖のリスクが高まることが知られております。そのため、CKDを合併する2型糖尿病のある方においてはCKDの進行を抑制するために、低血糖を伴わない良好な血糖管理が推奨されています1)。2型糖尿病の薬物療法において、日本では血糖依存的にインスリン分泌を促進し、食後の血糖上昇を抑制する作用機序をもつDPP-4阻害薬が多く用いられています2)。DPP-4阻害薬の一つであるトラゼンタ®は主に胆汁から未変化体で排泄されるため、腎機能の程度によらず1日1回1錠5mgの投与で治療を行うことが可能です(図43)4)

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日本人2型糖尿病患者さんを対象として腎機能別にトラゼンタ®の有効性を検討した臨床試験では、腎機能の程度に関わらず0.8から1.0%のHbA1c低下作用が示されています(図5図65)

第2回_TRZ_災害とDM_コンテンツ_図_05第2回_TRZ_災害とDM_コンテンツ_図_06

本試験における主な有害事象は消化管障害であり、投与中止に至った有害事象は全体で6例(2.8%)に発現しました(図7)。

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References

  1. 日本腎臓学会 編. エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2018. 東京: 東京医学社; 2018.
  2. Bouchi R, et al. J Diabetes Investig. 2022; 13: 280-91.
  3. トラゼンタ®錠インタビューフォーム.
  4. Blech S, et al. 社内資料 ヒトでの代謝物検討試験.
  5. Ito H, et al. Expert Opin Pharmacother. 2015; 16: 289-96.
    (著者にベーリンガーインゲルハイム社・イーライリリー社より講演料、コンサルタント料を受領している者が含まれる。)
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