糖尿病におけるスティグマとは

サイトへ公開: 2021年11月19日 (金)

(2021年8月31日、Web開催)

第1回 座談会「スティグマの観点から医療従事者の『言葉』の重要性を考える」

第1回配信:「糖尿病におけるスティグマとは」

ご出席者(左から):
石井 均 先生(奈良県立医科大学 医師・患者関係学講座 教授)ファシリテーター
田中 永昭 先生(関西電力病院 糖尿病・内分泌代謝センター 部長、糖尿病専門医)
平山 大徹 先生(H.E.Cサイエンスクリニック、薬剤師)
和田 幹子 先生(神奈川県立保健福祉大学 実践教育センター、看護師)

近年、糖尿病にまつわるスティグマが世界的なトピックとなっており、スティグマの克服に向けたさまざまなアドボカシー活動が行われています。糖尿病にまつわるスティグマにより患者さんの治療継続や血糖マネジメントに対する意欲を萎縮させることのないよう、医療従事者と患者さんのコミュニケーションがより重要になっていると考えられます。そこで、「スティグマの観点から医療従事者の『言葉』の重要性を考える」をテーマに、長年にわたり、糖尿病治療における医療従事者-患者間の人間関係の重要性を説いてこられた石井 均 先生をファシリテーターにお迎えし、座談会を開催しました。糖尿病診療に携わる医師、看護師、薬剤師の先生方が語った医療従事者の言葉の重さとはーー。
座談会の模様を全5回にわたって紹介します。

第1回:「糖尿病におけるスティグマとは」
第2回:「スティグマが社会活動や治療に及ぼす影響」(2021年12月公開予定)
第3回:「誤ったイメージがスティグマを生む」(2022年1月公開予定)
第4回:「国内外のアドボカシー活動の現状と課題」(2022年2月公開予定)
第5回:「診察時の会話 ケーススタディ」(2022年3月公開予定)

糖尿病のスティグマとは何か

石井 近年、糖尿病のスティグマを取り除き、患者さんの権利を守るアドボカシー活動が注目を集めています。まずは、糖尿病のスティグマとはどのようなものなのか、田中先生にご解説いただきたいと思います。

田中 スティグマとは、一般に「恥・不信用のしるし」「不名誉な烙印」を意味します。ある特定の属性により、いわれのない差別や偏見の対象となることです。糖尿病の場合には、例えば生命保険に加入できない、住宅ローンを組めない、結婚の障壁となる、就職に不利になる、などが挙げられます。

なぜスティグマが生じるのかというと、治療手段が限られていた過去のイメージが定着してしまった、事実とは異なるイメージが独り歩きしている、などが考えられます。例えば、「糖尿病に罹患すると寿命が10年短くなる」というのは、医療従事者もよく言っていました。しかし実際には、糖尿病患者と一般人口の平均余命にはほとんど差がないことが報告されています(1)

糖尿病のスティグマとは何か 

糖尿病の治療の進歩とともに予後は大きく改善しており、われわれ医療従事者がまずは正しい認識をもつ必要があります。そして誤ったイメージを払しょくし、いわれなき差別には不当であると社会に対して発信していかなければなりません。

患者さんの語りから見えたスティグマ

石井 スティグマを感じるのは、糖尿病をもつ患者さんご本人です。和田先生は看護師として糖尿病療養支援をされていますが、糖尿病を持つ患者さんの語りからどのようなスティグマに気づくことがありますか。

和田 私は以前、糖尿病治療を1年以上中断されている患者さんに許可をいただき、実際に会いに行って中断の理由などをインタビューするという研究を行いました。そのお一人の語りを紹介したいと思います。60歳代の2型糖尿病の男性です。

「前にね、病院に行っていた時、『このままだと合併症が出ちゃいますよ。病院に行く前は見えていても、帰り道に突然目が見えなくなることもあるんですよ』なんて話を聞いて、怖くなって、行くのをやめちゃったんだよね」

「今は病院には行っていないけど、もう少ししたら行こうと思っているよ。中断……?してないよ。自分なりにやれることはやっているし、病院もまた行くつもりだから……」

お話を聴いて気づいたのは、「中断をしている」という見方がすでに医療従事者側が貼っているレッテルであり、それが患者さんにとってはスティグマとなり得るということです。そして、合併症が怖いと思ったことで、それに蓋をして放置してしまうこともあるということに気付き驚きました。これらの言葉は、時間をとって意図的に向き合って話し合えたからこそ、聴くことができたのではないかと思います。

石井 合併症の話ですが、医療従事者は決して怖がらせるのが目的ではなくて、治療に前向きに取り組んでほしいという気持ちからかけた言葉なわけですよね。しかし、言われた患者さんはとても傷ついた。医療従事者‐患者関係によって、患者さんに余計な不安を与えてしまったり、患者さんの治療意欲を失わせてしまったりすることがあるということがよくわかります。

当事者が医療従事者から感じたスティグマ

石井 平山先生は薬剤師であり、1型糖尿病の当事者でもいらっしゃいます。先生はこれまでどのような場面でスティグマを感じられましたか。

平山 私は3歳のときに1型糖尿病を発症しました。病歴は44年になります。最近の話では、大腸の良性腫瘍を摘出した際や眼科のレーザー治療を行った際に、(公的な医療保険制度ではなく、任意の)医療保険の加入の有無も聞かれずに「(任意の)医療保険の適応になりますから」と説明されたというのがありました。1型糖尿病という理由で医療保険や生命保険に加入できない、あるいは加入できたとしても保険料が高く加入できないことは事実として受け止めていても、医療従事者から突然、医療保険の話をされると、何というか不快な思いを抱きました。

また、次のようなエピソードもありました。調剤薬局で薬をもらったときに、ある薬剤師さんから「HbA1cのマネジメントはどうですか」と聞かれ、「7%くらいなんですよ」と答えたとたんに、「7%なんですか。もうちょっと頑張ってくださいね」って言われたんですね。病歴も長いし、頑張っているほうなんだけどな、とちょっと悲しくなりました(笑)。

石井 これもやはり、その薬剤師さんとしてはよい言葉がけのつもりで言ったのかもしれません。発した本人は気付かない、いわば善意がスティグマになっているようなところがありますね。

田中 一般的にスティグマは、明らかな力関係があるときに生じるといわれています。医療従事者‐患者関係は上下関係になりやすく、関係性の構築が非常に重要だと思います。

和田 「見えにくい、わかりにくい」という特徴もあると思います。患者さんの不快な気持ちは、必ずしも言葉で伝えられるものではないので、糖尿病のある患者さんに関わる医療者としてスティグマに対するアンテナを高くもって、感受性よく受け取りたいなと思います。

平山 スティグマを感じるか感じないかには、個人差があると思いますが、周りの環境に左右されるところが大きいと感じています。私は義務教育時代、スティグマを特段感じずに学校生活を送ることができました。それは親が医療者のバックアップを受けながら担任の先生にしっかり説明をしてくれ、先生や友人が正しく理解してくれたお陰であると思っています。修学旅行をはじめとした学校行事や部活動にも普通に参加できましたし、低血糖のときには、担任の先生や友人が助けてくれました。環境に恵まれていたと思います。

石井 周りの理解があったことでスティグマを感じずに学校生活を送ることができたのですね。そのような環境づくりこそが、われわれ医療従事者がやるべきことだと思います。

当事者が医療従事者から感じたスティグマ

References

  1. 日本糖尿病協会. アドボカシー活動
    https://www.nittokyo.or.jp/uploads/files/advocacy_summary.pdf
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