誤ったイメージがスティグマを生む

サイトへ公開: 2022年01月31日 (月)

(2021年8月31日、Web開催)

第3回 座談会「スティグマの観点から医療従事者の『言葉』の重要性を考える」

第3回配信:「誤ったイメージがスティグマを生む」

ご出席者(左から):
石井 均 先生(奈良県立医科大学 医師・患者関係学講座 教授)ファシリテーター
田中 永昭 先生(関西電力病院 糖尿病・内分泌代謝センター 部長、糖尿病専門医)
平山 大徹 先生(H.E.Cサイエンスクリニック、薬剤師)
和田 幹子 先生(神奈川県立保健福祉大学 実践教育センター、看護師)

近年、糖尿病にまつわるスティグマが世界的なトピックとなっており、スティグマの克服に向けたさまざまなアドボカシー活動が行われています。糖尿病にまつわるスティグマにより患者さんの治療継続や血糖コントロールに対する意欲を萎縮させることのないよう、医療従事者と患者さんのコミュニケーションがより重要になっていると考えられます。そこで、「スティグマの観点から医療従事者の『言葉』の重要性を考える」をテーマに、長年にわたり、糖尿病治療における医療従事者-患者間の人間関係の重要性を説いてこられた石井 均 先生をファシリテーターにお迎えし、座談会を開催しました。糖尿病診療に携わる医師、看護師、薬剤師の先生方が語った医療従事者の言葉の重さとはーー。
座談会の模様を全5回にわたって紹介します。

第1回:「糖尿病におけるスティグマとは」
第2回:「スティグマが社会活動や治療に及ぼす影響」
第3回:「誤ったイメージがスティグマを生む」
第4回:「国内外のアドボカシー活動の現状と課題」
第5回:「診察時の会話 ケーススタディ」

●「糖尿病は悲惨な病気」 過去のイメージがスティグマに

石井 糖尿病にスティグマが生まれた背景として、過去のイメージの定着があるのではないかと考えられています。

日本では1960~1970年代の高度経済成長期から、糖尿病患者人口が増加し始めました。当時の患者さんには厳しい食事制限が課され、治療薬はインスリンとスルホニル尿素(SU)薬に限られていました。またその頃、インスリンの自己注射は認められておらず、患者さんは自費で購入したうえで、自宅で注射器具を煮沸消毒し、隠れて実施せざるを得ない状況がありました。

血糖測定の結果が出るのにも現在と比べて時間がかかり、次の診察時に1ヵ月前の採血の結果を聞くという時差が生じていました。そのため、低血糖や高血糖による昏睡が多くみられ、網膜症による失明や腎不全による若年での死亡なども頻発していたのです(図)1)

「糖尿病は悲惨な病気」 過去のイメージがスティグマに

DCCT(Diabetes Control and Complications Trial)で、強化インスリン療法により血糖値を正常にコントロールすることが、1型糖尿病において合併症を抑制すると示されたのが1993年のことです2。1日3回以上のインスリン頻回注射、あるいはインスリンポンプ療法による厳格な血糖管理が有用であると示されるまでの長い期間、1型糖尿病のある方は1日2回のインスリン注射で治療されていたわけです。
このように、かつては現在の知見からすると治療が不十分な状態であり、その頃の「糖尿病は悲惨な病気」というイメージが社会に定着してしまったことが、スティグマとなり、現在の患者さんの不利益につながっていると考えられます。

●誤ったイメージは医療者にも

石井 平山先生、今お話ししたようなスティグマの背景について、どのように受け止めておられますか。

平山 糖尿病に対する誤ったイメージの定着というのは、実際にあると感じます。特に私のような1型糖尿病の場合は、「インスリンに生活を合わせる」のではなく、「生活にインスリンを合わせる」治療に考え方が変わっています。

食事は基本的に自由にとり、患者自らが食事に合わせて適切なインスリン補充を行うことが基本となっていますが、今でも医療従事者に食事制限の話をされることがあって驚きます。知識のアップデートが医療者側にも必要です。

石井 1型糖尿病の治療における食事の考え方はここ20年で大きく変わっています。医療従事者が正しい認識をもつことはもちろん、さらにそれを社会に発信していくことが求められます。田中先生は、この過去のイメージの定着についてはいかがお考えですか。

田中 高血圧や脂質異常症、高尿酸血症などの他の生活習慣病では、スティグマの問題をあまり聞きませんので、糖尿病にはやはり歴史的な背景が影響しているのだろうと思います。

一方で、そうした時代から数十年が経過し、これだけ治療方法が進展して正しい情報も出されているなかで、かつてのイメージが変わらないまま定着してしまっているのはなぜなのだろうと不思議にも思います。ただ単に情報が引き継がれているだけであれば、意外とちょっとしたきっかけで変わるのではないかという期待もあります。

例えば、性的マイノリティへの理解が進んだのもここ数年の話です。テレビやSNSで発信力のある方に取り上げられることがきっかけになったりしますので、例えばNHKの連続テレビ小説(朝ドラ)なんかで糖尿病をもつ登場人物が活躍する様子が見られれば、イメージも変わるのではないかと思います。

和田 朝ドラは応援したくなる主人公が多いですし、いいですね。糖尿病に対する誤ったイメージについては、病名に排泄物の名前が付いていることへの負の影響が指摘されています。

治療法についても、いまだにインスリン治療を開始したら生涯続くものだという固定観念があり、そうした誤解を払拭したいと思っています。

●誤ったイメージの払拭が医療者の責務

石井 糖尿病の治療が大きく進歩し、患者さんの予後が改善された今、糖尿病に対する誤ったイメージを払拭する責任がわれわれ医療従事者にはあります。その取り組みの中で、影響力のあるメディアを巻き込むなどして、大きな転換点がつくれたらいいですよね。

過去の糖尿病のイメージがいかに誤った固定観念を生んでいるかについては、関西電力病院総長であり日本糖尿病協会理事長の清野裕先生が、Web市民公開講座で詳しくお話しされています。

日本糖尿病協会ホームページのアドボカシー活動のページ*に、動画へのリンクが掲載されていますので、是非一度、ご覧いただきたいと思います。

日本糖尿病協会ホームページのアドボカシー活動のページ
https://www.nittokyo.or.jp/modules/about/index.php?content_id=46

誤ったイメージの払拭が医療者の責務

References

  1. 公益社団法人日本糖尿病協会ホームページ. アドボカシー活動
    https://www.nittokyo.or.jp/uploads/files/advocacy_summary.pdf
  2. The Diabetes Control and Complications Trial Research Group. N Engl J Med. 1993; 329: 977-86.
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