脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画から考える心不全と糖尿病管理の重要性

サイトへ公開: 2022年02月28日 (月)
岸 拓弥先生

岸 拓弥先生(国際医療福祉大学 福岡薬学部 教授

心不全は、糖尿病をはじめとする生活習慣病やメタボリックシンドロームと連続性をもって発症・進展する疾患です。心不全の発症と重症化予防の観点から考える糖尿病管理の重要性について、国際医療福祉大学 福岡薬学部教授の岸 拓弥先生にご解説いただきます。ぜひご覧ください。

はじめに

脳卒中と循環器病は、生活習慣病やメタボリックシンドロームを基盤として連続性をもって発症・進展します1。また、どちらも全身血管病変であり、共通する危険因子の是正により発症予防・死亡抑制および健康寿命延伸が期待されます1。2018年12月には「健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法(脳卒中・循環器病対策基本法)」が成立し、循環器病対策協議会が策定する循環器病対策推進基本計画を基に、全国レベルでの予防対策が可能となりました。この取り組みにおいて、脳卒中・循環器病の克服を目指して日本循環器学会と日本脳卒中学会が合同で進めているのが「脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画」1です。
日本脳卒中協会は2008年に脳卒中対策基本法制定を目指す活動を始め、2009年に脳卒中対策基本法要綱案を策定しました。脳卒中対策基本法案は2014年には参議院厚生労働委員会で発議されましたが、成立には至りませんでした。その後、2016年に日本循環器学会と日本脳卒中協会による脳卒中・循環器病対策基本法の成立を求める会が発足し、広く国民への賛同を求めるとともに関連団体や議員などへの働きかけを行ったことが実を結び、2018年末に脳卒中・循環器病対策基本法が成立しました。

1. 脳卒中・循環器病対策基本法成立の経緯
日本脳卒中協会は2008年に脳卒中対策基本法制定を目指す活動を始め、2009年に脳卒中対策基本法要綱案を策定しました。脳卒中対策基本法案は2014年には参議院厚生労働委員会で発議されましたが、成立には至りませんでした。その後、2016年に日本循環器学会と日本脳卒中協会による脳卒中・循環器病対策基本法の成立を求める会が発足し、広く国民への賛同を求めるとともに関連団体や議員などへの働きかけを行ったことが実を結び、2018年末に脳卒中・循環器病対策基本法が成立しました。

2. 脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画と心不全の予防
脳卒中・循環器病対策基本法制定前に、日本脳卒中学会と日本循環器学会は2016年12月16日に「脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画」を発表し、日本人の死亡原因として問題になっている心疾患の克服を目指して、①脳卒中と循環器病による年齢調整死亡率を5年間で5%、10年間で10%減少させる*1、②健康寿命を延伸させる、という大目標を掲げました。この目標を達成するために、「人材育成」「医療体制の充実」「登録事業の促進」「予防・国民への啓発」「臨床・基礎研究の強化」の5つの戦略が挙げられています(図1)。
*15年目に10年後の数値目標を再度検討することとされています。

脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画と心不全の予防

(1)人材育成
循環器病、特に心不全患者を適切に診療するための人材育成に取り組むことが重要です。リスク因子を持つステージA・Bの心不全患者を、地域かかりつけ医や循環器内科以外の診療科の医師が診られる体制を構築する必要があります。脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画では、神経内科、循環器内科、心臓外科、脳神経外科、リハビリテーション科などの医師をはじめ、看護師、理学療法士、作業療法士などの職種の育成を目指すとされています。

(2)医療体制の充実
心不全を発症した患者を速やかに治療するためには、医療体制を充実させ、患者が適切な医療機関に迅速にアクセスできることが求められます。脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画には、多職種・地域・病病・病診、経済界や行政などとの連携による社会全体で心不全の治療にあたる医療体制と、現状の救急搬送や急性期医療などの可視化によるシームレスな医療体制の構築が必要であるとされています。

(3)登録事業の促進
心不全は、循環器病の中で特に対策が必要であるにもかかわらず、患者数、重症度、治療歴、経過などのデータベース整備が不十分です。日本循環器学会は、JROADやJROAD-DPCなどの全国規模のデータベースを整備し、包括的循環器病全国登録システムの確立を目指すとしています。

(4)予防・国民への啓発
心不全の要因となる高血圧、糖尿病、脂質異常症などは、生活習慣の見直しなどにより管理することができます。心不全は予防可能な疾患です。
脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画には、①0次予防(禁煙、減塩、節酒、運動不足解消によって、高血圧や糖尿病、脂質異常症などの発症を予防する)、②1次予防(高血圧、糖尿病、脂質異常症などを適切に管理することで、心不全発症を予防する)、③2次予防(心不全の早期発見・早期治療を行うことで、それ以上の心不全進行を防ぐ)、④3次予防(残っている心臓の機能を維持するための治療やリハビリテーションを行い、再発を防ぐ)、の4段階の対策が挙げられています(図2

脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画と心不全の予防02

(5)臨床・基礎研究の強化
脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画では、心不全の治癒を目指した治療を行うために、基礎研究から橋渡し研究、臨床研究へ流れを強化して連関させることで、新しい治療法の開発を目指す戦略が掲げられています。

3. 糖尿病と循環器病
心不全をはじめとする循環器病は、急性期治療後も再発予防のために危険因子である糖尿病の継続的な管理が重要です2。最近ではSGLT2阻害薬エンパグリフロジンが慢性心不全患者*2にも処方可能となりました。心不全などを合併する2型糖尿病患者においてさらなる血糖降下が必要な場合、DPP-4阻害薬も処方選択肢のひとつと考えます。
*2 慢性心不全 ただし慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る

日本人2型糖尿病患者における3年間の特定使用成績調査(図3)の結果、リナグリプチン併用により副作用は11.39%(384例/3,372例)に認められ、主な副作用として、糖尿病(1.25%、42例)、高血圧(0.83%、28例)、低血糖(0.80%、27例)などが発現しました。重篤な副作用は2.49%(84例)、投与中止に至った副作用は3.23%(109例)、死亡に至った症例は3.9%(13例)報告されています(図4)。また、リナグリプチン併用療法により、HbA1cと空腹時血糖は図4のとおり推移し、HbA1cの変化量は-0.49±1.33%(95%CI:-0.54~0.44%;ベースライン7.76±1.37%、最終観察時点7.26±1.19%)、空腹時血糖の変化量は-15.27±59.96mg/dL(同:-19.54~-11.00mg/dL;151.68±52.20mg/dL、136.72±44.27mg/dL[いずれも平均±SD])でした3
また、心不全患者の約30%は2型糖尿病を併発し4、2型糖尿病患者の約40%は慢性腎臓病を併発していると報告されています5。リナグリプチンは腎機能の程度によらず、5mgの投与量で糖尿病治療を行うことができます(図567)。

糖尿病と循環器病糖尿病と循環器病02糖尿病と循環器病03

おわりに

脳卒中・循環器病対策基本法は、脳卒中・循環器病対策を国の法律で定めた世界的にも例を見ないものです。糖尿病は脳心血管病の危険因子でもあります。糖尿病診療に携わられる先生方には、糖尿病の予防と適切な管理により、健康寿命延伸にお力添えいただけばと思います。

References

  1. 日本循環器学会・日本脳卒中学会ほか. 脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画. 2016.
  2. 日本循環器学会・日本脳卒中学会ほか. 脳卒中と循環器病克服第二次5ヵ年計画. 2021.
  3. Ito T, et al. Expert Opin Drug Saf. 2021; 20: 363-372.
    (本調査はベーリンガーインゲルハイム社および日本イーライリリー株式会社の支援で行われました。本論文の著者のうち5名は、日本ベーリンガーインゲルハイム社の社員です。)
  4. Rosano GM, et al. Card Fail Rev. 2017; 3: 52-55.
  5. Murphy D, et al. Ann Intern Med. 2016; 165: 473-481.
  6. トラゼンタ®錠インタビューフォーム.
  7. Blech S. et al. 社内資料 ヒトでの代謝物検討試験.
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