シリーズ「糖尿病診療10年の変遷」

サイトへ公開: 2021年04月27日 (火)

高齢者糖尿病診療の変遷

監修 横手幸太郎 先生(千葉大学大学院医学研究院 内分泌代謝・血液・老年内科学 教授)

高齢者糖尿病診療の変遷

過去10年間の糖尿病治療の変遷を各領域のエキスパートにご解説いただくシリーズ企画「糖尿病診療 10年の変遷」。今回は高齢者糖尿病にフォーカスし、千葉大学大学院医学研究院の横手幸太郎先生に、この10年間における高齢者糖尿病診療の重要なトピックについてご解説いただきました。

はじめに

 日本は高度経済成長期以降、急速に高齢化が進み、2007年には高齢化率(総人口に占める65歳以上人口の割合)が21%を超える「超高齢社会」に突入しました。内閣府の令和4年版高齢社会白書によると、令和3(2021)年10月1日現在の高齢化率は28.9%、高齢者数は3,621万人となっています1)。このような状況から、2010年代は医療・福祉分野において高齢患者に対するケアやエビデンスの確立がトピックとなりました。
 糖尿病においても、加齢による膵β細胞の機能低下からインスリン分泌が低下し、さらに筋肉量減少、身体活動量低下、体脂肪増加からインスリン抵抗性が増大することから、加齢は糖尿病発症要因のひとつと考えられています2)。厚生労働省のデータでも「糖尿病が強く疑われる者」の割合は年齢とともに上昇し、日本の糖尿病のある方の70.8%が65歳以上であることが示されています3)4)
 血糖管理の観点では、2010年以前は高齢者に限らず糖尿病のある方の血糖は低いほど良いという固定観念がありました。しかし、高齢者は若年者と比べて心身の状態の個人差が大きく、また、2010年以降、高齢者におけるHbA1c低値と重症低血糖5)、重症低血糖と認知症発症6)、低血糖と転倒・骨折7)8)などに関連が認められることが報告され、高齢者においては厳格な血糖管理よりも、安全性を重視した適切な血糖管理を行う必要があると考えられるようになりました。
 ここでは、そのような高齢者糖尿病診療について、わが国における2010年以降の変遷を中心にご紹介します。

トピック1:J-EDIT研究の報告

 2010年代における高齢者糖尿病診療のトピックとしては、まずJ-EDIT研究の報告(2012年)が挙げられます。
 J-EDIT研究(The Japanese Elderly Diabetes Intervention Trial)は、2001年3月~2002年2月の間に登録された全国39施設の動脈硬化性疾患のリスクを有するまたは血糖管理不良の高齢糖尿病患者1,173人を対象として、動脈硬化の危険因子を積極的に治療する強化治療群と通常治療群に無作為に割り付け、約6年間追跡し、生死、細小血管症や動脈硬化性疾患のイベント、心身機能などのアウトカムを評価した臨床研究です9)。J-EDIT研究以前は、糖尿病のある高齢者における合併症の危険因子が若年患者と同様であるか、さらには糖尿病のある高齢者の血糖や血圧、脂質の管理目標をどうするか、という点についてエビデンスが不足している状況がありました。
 このような背景において実施されたJ-EDIT研究からは、脳卒中の危険因子として収縮期血圧高値、non-HDLコレステロール高値などが示されたほか、HbA1cと脳卒中の関係にJカーブ現象が認められ、高血糖だけでなく血糖の下げすぎにも注意が必要であることが示されました10)
 ほかにも、認知機能、身体活動量、うつ症状、栄養摂取の危険因子の評価から、腎症(蛋白尿)の管理、心理サポートや運動療法、緑黄色野菜の摂取といった包括的な治療が、糖尿病のある高齢者における合併症予防や認知機能の維持に重要であることが示されました11)

トピック2:高齢者糖尿病の血糖管理目標、診療ガイドラインの策定

 続いてのトピックは、上述のJ-EDIT研究をはじめとする国内外のエビデンスに基づいて高齢者糖尿病の血糖管理目標(2016年)、および高齢者糖尿病診療ガイドライン(2017年)が策定されたことが挙げられます。
 日本糖尿病学会は2013年に発表した熊本宣言の中で、血糖管理目標を患者の年齢や罹病期間、合併症、低血糖のリスクなどによって個別に設定することを提唱し、血糖正常化を目指す際の目標値を6.0%未満、合併症予防のためのHbA1c目標値は7.0%未満、治療強化が困難な際には8.0%未満とする血糖管理目標を設定しました12)。しかし、高齢者糖尿病は、身体的・精神的・社会的に個人差が大きく、口渇・多飲などの高血糖による自覚症状が出にくい、食後高血糖を来しやすい、無自覚性低血糖や重篤な遷延性低血糖を来すことが多い、急性代謝障害を起こしやすい、様々な合併症を有している、などの臨床的特徴が認められることから13)、この血糖管理目標は高齢者を念頭に置いた場合には必ずしも当てはまらないのではないかという議論がありました。
 このような背景から、2014年10月に「高齢者糖尿病の診療向上のための日本糖尿病学会と日本老年医学会の合同委員会」が設置され、2016年5月に「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値)」が発表されました12)。特徴としてまずあげられるのは、認知症やADL、身体状態などの健康状態を考慮して、患者さんをカテゴリーⅠ~Ⅲの3段階に分類し、それぞれに血糖管理目標値が設定されていることです。さらに、重症低血糖が危惧される薬剤の使用の有無で目標値を分け、低血糖リスクがある場合は下限値を設けていることも特徴といえます(図1)。
さらに、翌年の2017年5月には日本糖尿病学会と日本老年医学会が合同で「高齢者糖尿病診療ガイドライン2017」を刊行しました14)。高齢者糖尿病診療において、具体的な目標値や診療の指針が示されたことは臨床現場における診療の質向上に貢献しました。

トピック2:高齢者糖尿病の血糖コントロール目標、診療ガイドラインの策定

トラゼンタ®の高齢者に対する有効性・安全性

 高齢者糖尿病の血糖管理にあたっては、重症低血糖が認知症の発症リスクとなり6)、血糖変動幅と認知機能は逆相関するとの報告15)もあることから、低血糖や血糖変動に留意する必要があります。そのため治療薬の選択では、血糖依存性にインスリン分泌を促進させて食後の血糖上昇を抑えるとともに、グルカゴンの分泌抑制作用を有し、血糖変動の減少をもたらすDPP-4阻害薬が期待されます。
 DPP-4阻害薬トラゼンタ®は、血糖管理不良な2型糖尿病患者574例を対象に、既存の経口血糖降下薬との併用療法の安全性、有効性を検討した国内第Ⅲ相臨床試験(検証試験)において、年齢にかかわらずHbA1c低下作用を示し、安全性については図2にお示しした通りの結果が示されております(図2)16)

最後に

 冒頭でご紹介した高齢社会白書によると、日本の高齢化は今後ますます加速していくことが予想され、2065年には高齢化率が38.4%にまで上ると推計されています。今回ここにお示ししたエビデンスを含め、患者さんの状態に応じた個別的な治療目標の設定、そして目標に適した薬剤選択により、高齢患者さんがより安心して治療を受けられる社会となることを願っています。

最後に

References

  1. 内閣府. 令和4年版高齢社会白書.
  2. 鈴木 亮. 高齢者糖尿病のマネジメント 高齢者糖尿病の病態と特徴. Aging&Health. 2014;23:19-21.
  3. 厚生労働省. 国民健康・栄養調査(令和元年).
  4. 厚生労働省. 平成29年(2017年)患者調査.
  5. Bramlage P, Gitt AK, Binz C, et al. Oral antidiabetic treatment in type-2 diabetes in the elderly: balancing the need for glucose control and the risk of hypoglycemia. Cardiovasc Diabetol. 2012;11:122.
  6. Lin CH, Sheu WH. Hypoglycaemic episodes and risk of dementia in diabetes mellitus: 7-year follow-up study. J Intern Med. 2013;273:102-10.
  7. Kachroo S, Kawabata H, Colilla S, et al. Association between hypoglycemia and fall-related events in type 2 diabetes mellitus: analysis of a U.S. commercial database. J Manag Care Spec Pharm. 2015;21:243-253.
  8. Johnston SS, Conner C, Aagren M, et al. Association between hypoglycaemic events and fallrelated fractures in Medicare-covered patients with type 2 diabetes. Diabetes Obes Metab. 2012;14:634-643.
  9. Araki A, Iimuro S, Sakurai T, et al. Long-term multiple risk factor interventions in Japanese elderly diabetic patients: the Japanese Elderly Diabetes Intervention Trial--study design, baseline characteristics and effects of intervention. Geriatr Gerontol Int. 2012;12 Suppl 1:7-17.
  10. Araki A, Iimuro S, Sakurai T, et al. Non‐high‐density lipoprotein cholesterol: An important predictor of stroke and diabetes‐related mortality in Japanese elderly diabetic patients. Geriatr Gerontol Int. 2012;12 Suppl 1:18-28.
  11. 荒木 厚, 井藤英喜. 高齢者の糖尿病治療:J-EDIT(The Japanese Elderly Intervention Trial)研究の知見をふまえて. 日老医誌. 2015;52:4-11.
  12. 日本糖尿病学会 編・著. 糖尿病治療ガイド2020-2021. 東京:文光堂;2020.
  13. 横野浩一. 高齢者糖尿病の概念と臨床的特徴. 日本臨床. 2013;71:1893-98.
  14. 日本老年医学会・日本糖尿病学会 編・著. 高齢者糖尿病診療ガイドライン2017. 東京 : 南江堂 ; 2017.
  15. Rizzo MR, Marfella R, Barbieri M, et al. Relationships between daily acute glucose fluctuations and cognitive performance among aged type 2 diabetic patients. Diabetes Care. 2010;33:2169-74.
  16. Inagaki N, Watada H, Murai M, et al. Linagliptin provides effective, well-tolerated add-on therapy to pre-existing oral antidiabetic therapy over 1 year in Japanese patients with type 2 diabetes. Diabetes Obes Metab. 2013;15:833-43.
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