国内外のアドボカシー活動の現状と課題

サイトへ公開: 2022年02月28日 (月)

(2021年8月31日、Web開催)

第4回座談会「スティグマの観点から医療従事者の『言葉』の重要性を考える」

石井 均 先生X田中 永昭 先生X平山 大徹 先生X和田 幹子 先生

ご出席者(左から):
石井 均 先生(奈良県立医科大学 医師・患者関係学講座 教授)ファシリテーター
田中 永昭 先生(関西電力病院 糖尿病・内分泌代謝センター 部長、糖尿病専門医)
平山 大徹 先生(H.E.Cサイエンスクリニック、薬剤師)
和田 幹子 先生(神奈川県立保健福祉大学 実践教育センター、看護師)

近年、糖尿病にまつわるスティグマが世界的なトピックとなっており、スティグマの克服に向けたさまざまなアドボカシー活動が行われています。糖尿病にまつわるスティグマにより患者さんの治療継続や血糖コントロールに対する意欲を萎縮させることのないよう、医療従事者と患者さんのコミュニケーションがより重要になっていると考えられます。そこで、「スティグマの観点から医療従事者の『言葉』の重要性を考える」をテーマに、長年にわたり、糖尿病治療における医療従事者-患者間の人間関係の重要性を説いてこられた石井 均 先生をファシリテーターにお迎えし、座談会を開催しました。糖尿病診療に携わる医師、看護師、薬剤師の先生方が語った医療従事者の言葉の重さとはーー。
座談会の模様を全5回にわたって紹介します。

第1回:「糖尿病におけるスティグマとは」
第2回:「スティグマが社会活動や治療に及ぼす影響」
第3回:「誤ったイメージがスティグマを生む」
第4回:「国内外のアドボカシー活動の現状と課題」
第5回:「診察時の会話 ケーススタディ」(2022年3月公開予定)

●アドボカシーとは何か?

石井 ここまで、糖尿病のスティグマとは何なのか、なぜスティグマが生じるのかについて皆さんと考えてきました。続いては、そのスティグマを取り除き、患者さんの権利を守るアドボカシー活動を取り上げたいと思います。

まずは田中先生に、アドボカシーについてご解説いただきます。

田中 アドボカシーは「権利擁護」と訳され、患者さんの権利を守るために、組織・社会・行政・立法に対して、主張・代弁・提言を行うことを指します。

米国糖尿病学会には、Medicine and Science部門、Health Care部門、Education部門と並んで、Advocacy部門が設置されています。Advocacy部門では、啓発活動から政策提言まで包括的に取り組んでおり、なかでも医療費の負担軽減に力を入れています。

というのも米国では、インスリンの価格が10年間で約2.5倍に高騰しており、社会的な問題になっているからです。米国糖尿病学会はワーキンググループを発足し、その原因を調査したうえで、署名活動や代表者による上院での証言などを行い、インスリン価格の適正化に取り組んでいます。

●日本におけるアドボカシー活動

石井 日本ではどのようなアドボカシー活動が行われていますか。

田中 日本では、糖尿病患者会(友の会)や糖尿病サマーキャンプの開催などが、歴史あるアドボカシー活動といえると思います。

アドボカシーの主体は、患者さんご自身と医療従事者に分けられ、活動レベルとして、個人・コミュニティ・日本国内・世界に分けられます(表)。例えば、1型糖尿病の児童が安全に授業を受けられるよう学校に働き掛けることは、患者さん個人のアドボカシー活動になり、地域の糖尿病フェスタを企画したり参加したりすることは、医療従事者の日本国内のアドボカシー活動になります。

アドボカシーというと新しい概念のようですが、こうした既に行われている取り組みの意義をもう一度確認することが、日本におけるアドボカシー活動の最初の一歩なのではないかと考えます。

日本におけるアドボカシー活動 

石井 平山先生は当事者として、日本のアドボカシー活動についてどのようにお感じになっていますか。

平山 まず、インスリン自己注射の保険適応を求めて、日本糖尿病協会が10万人署名運動を実施し、各方面に陳情を重ねて、1981年に保険適応を実現してくださったことに大変感謝しています。

それと個人的には、患者会やサマーキャンプが、重要なアドボカシー活動だと思っています。私もよく患者会やサマーキャンプに参加し、体験を話したりしていますが、その際に外来では決して聞くことのできない悩みを聞くことができます。

参加された当事者やご家族が変わっていく姿を見ることもできますし、何年も続けて参加していると、糖尿病という病気を超えて人と人とがつながる感覚も得られます。ぜひ、今後も続けていただきたいアドボカシー活動です。

●医療従事者一人ひとりができること

石井 日々の診療で、医療従事者一人ひとりができるアドボカシー活動とは何でしょうか。和田先生、いかがですか。

和田 療養指導の際に、恐怖を煽るのではなく、正しい知識を伝えることだと思います。それによって、患者さんご自身が正しい情報を選択できるようになり、自らの権利を守るセルフ・アドボカシー行動につながるのではないかと考えます。

療養指導においては、医療従事者の「言葉」がとても大きな意味を持ちます。私は、石井先生が以前、他誌1に取り上げておられた、有島武郎の短編小説『一房の葡萄』の話に感銘を受けたので、少しご紹介させていただきたいと思います。

糖尿病とは少し離れるのですが、友人の絵の具を盗んでしまった少年の話です。学校の先生は泣きじゃくる少年に次の言葉をかけます。

「(略)明日はどんなことがあっても学校に来なければいけませんよ。あなたの顔を見ないと私は悲しく思いますよ。屹度(きっと)ですよ。」
そういって先生は僕のカバンの中にそっと葡萄の房を入れて下さいました。

先生の心に占める‟僕の重さ“を知らされたことで、少年は翌日、重い心を抱えながらも登校します。
 
石井先生はこの一節を療養支援になぞらえて、「患者さんが医療従事者の言葉を受け入れる準備状態になるには、患者さんの考えを聞き取るプロセスが必要であり、その継続を保証することが重要である」と書かれています。そのための言葉が、逃げ出したい気持ちを必死に抑えながら来られた患者さんに対する「よく来てくれましたね」であり、「私はあなたとともにこの問題を考えていきたいと思います」であろうと。

医療従事者のアドボカシー活動の根底には、患者さんを大切に思う気持ちがしっかりと根付いていて、診察に来られた患者さんの心に葡萄を一房しのばせるような、「また来てくださいね、きっとですよ」という思いを込めることが必要なのだと思います。

●アドボカシー活動に求められる医療従事者の姿勢

石井 糖尿病のスティグマには、過去の誤ったイメージが影響しています。それについてはエビデンスに基づいて、われわれ医療従事者が社会に発信し、啓発していく必要があります。

同時に重要になるのが、われわれ自身の心がけ、そして患者さんにかける「言葉」です。うわべの言葉がけではなく、どういった姿勢で糖尿病をもつ人に向き合っているかということが問われます。

サマーキャンプで悩みごとを話し合えることが大きな支援になり、それこそがアドボカシー活動であるというお話がありました。医師や看護師、管理栄養士などの医療従事者が、指導者-被指導者の関係ではなく、悩みごとや困りごとを話し合える環境をつくっていくことも、アドボカシー活動のひとつになるのではないかと思います。

アドボカシー活動に求められる医療従事者の姿勢 

References

  1. 石井 均. コラム「一房の葡萄」.病を引き受けられない人々のケア. 医学書院: 東京; 2015. pp.43-46.
    参照: 石井 均.糖尿病スティグマとアドボカシー.日医雑誌. 2021; 150(特別号2): S258-S261.
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