3月9日「世界腎臓デー」に考える 腎機能を考慮した2型糖尿病の治療選択

サイトへ公開: 2023年03月01日 (水)

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糖尿病性腎症は糖尿病合併症の一つであり、腎機能の低下は低血糖や心血管疾患のリスクと関連しています。腎機能を考慮した2型糖尿病の治療選択について島根大学医学部 内科学講座 内科学第一教授の金﨑 啓造 先生にご解説いただきます。ぜひご覧ください。

1. はじめに -世界腎臓デーとは-

「世界腎臓デー(World Kidney Day)」は、国際腎臓学会(ISN)と腎臓財団国際連合(IFKF)によって創設された腎臓病の早期発見と治療の重要性を啓発する国際的な取り組みで、毎年3月の第2木曜日に開催されています。2023年のテーマは「Kidney Health for All – Preparing for the unexpected, supporting the vulnerable!」であり、不測の事態が発生した際の慢性腎臓病(CKD)の早期診断や治療へのアクセスに対する影響に焦点が当てられ、腎臓病を含む慢性疾患の予防や早期発見、治療に対する支援が重要というメッセージが込められています1)

2. 慢性腎臓病(CKD)の概念と糖尿病性腎症との関連

CKDは腎障害や腎機能の低下が持続する疾患であり、2022年版のKDIGOのCKDガイドラインでは「CKDは腎臓の構造または機能の異常が3ヵ月を超える場合」と定義されています2)。CKDの重症度は、原疾患、腎機能(GFR)、蛋白尿・アルブミン尿を組み合わせたステージで評価されます(図1)。腎機能はGFRによってG1〜G5に分類されており、GFRが低下するほど重症となります。また、蛋白尿・アルブミン尿があればA2、さらに蛋白尿・アルブミン尿が増加するとA3と区分され、同じ腎機能ステージでも死亡、末期腎不全、心血管死の発現リスクが上昇することが示されています3)
CKDが進行し、末期腎不全に至ると透析療法や腎移植が必要となります。2021年時点の日本の慢性透析患者数は379,700人で、有病率は年々増加傾向にあります(図2)。日本における糖尿病合併CKDの中で最も重要な疾患は糖尿病性腎症であり、新規透析導入原疾患の第1位であることは言うまでなく、2021年には1万5,000人を超える患者さんが糖尿病性腎症によって新規透析導入となっています4)。尿アルブミン増加・腎機能の低下は共に心血管イベントリスクの増加とも密接に関連することが明らかになっており、糖尿病性腎症に対する積極的な治療介入は糖尿病治療における大きな課題のひとつです5)

慢性腎臓病(CKD)の概念と糖尿病性腎症との関連慢性腎臓病(CKD)の概念と糖尿病性腎症との関連02

3. 腎機能の程度の異なる2型糖尿病のある方に対するトラゼンタ®のエビデンス

腎機能の低下が進行すると、糖代謝異常や糖尿病治療薬の活性代謝物の排泄低下などによる低血糖リスクが高まることが知られています。一方、CKDを合併する2型糖尿病のある方においてはCKDの進行を抑制するために、低血糖を伴わない良好な血糖管理が推奨されています3)。2型糖尿病の薬物療法において、日本では血糖依存的にインスリン分泌を促進し、食後の血糖上昇を抑制する作用機序をもつDPP-4阻害薬が多く用いられています6)。DPP-4阻害薬の一つであるトラゼンタ®は主に胆汁から未変化体で排泄されるため、腎機能の程度によらず1日1回1錠5mgの投与で治療を行うことが可能です(図3)7)8)
日本人2型糖尿病患者さんを対象として腎機能別にトラゼンタ®の有効性を検討した臨床試験では、腎機能の程度に関わらず0.8から1.0%のHbA1c低下作用が検証されています(図4、図5)9)。本試験における主な有害事象は消化管障害であり、投与中止に至った有害事象は全体で6例(2.8%)に発現しました(図6)。なお、重篤な有害事象については、論文中に記載がありませんでした。
さらに、トラゼンタ®ではCKDのステージ3-4を含む幅広い腎症ステージの2型糖尿病患者を対象としたCARMELINA試験が実施されています(図7)10)11)。主要評価項目である心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中から構成される3P-MACEの発現率は、トラゼンタ®群434例(12.4%)、プラセボ群420例(12.1%)(ハザート比:1.02、95%CI:0.89%~1.17%、非劣性:P<0.001、優越性:P=0.74)であり、非劣性は検証されましたが優越性は検証されませんでした(図8)。その他の評価項目であるアルブミン尿の進展はトラゼンタ®群763例(35.3%)、プラセボ群819例(38.5%)(ハザード比:0.86%、95%CI:0.78~0.95、P=0.003)であり、トラゼンタ®群で優位に減少しました(図9)。また、試験期間を通じたHbA1cの経時変化の平均群間差は-0.36%でした(図10)。有害事象はトラゼンタ®群2,697例(77.2%)、プラセボ群2,723例(78.1%)に認められました(図11)。主な有害事象は図11にお示しする通りで、過敏症反応がトラゼンタ®群114例(3.3%)、プラセボ群109例(3.1%)、血管浮腫(ベースライン時にACE阻害薬またはARB併用)がトラゼンタ®群13例(0.5%)、プラセボ群16例(0.6%)、類天疱瘡がトラゼンタ®群7例(0.2%)などでした。私どもはDPP-4阻害薬投与により、癌が転移するかもしれないという動物実験結果を報告しています12)。発癌と担癌は根本的に異なる機序と考える必要がありますが、本試験ではトラゼンタ®群で膵臓がんが多い傾向はあるものの、トラゼンタ®群において試験期間中の癌発生が全体で増加することはありませんでした。

腎機能の程度の異なる2型糖尿病のある方に対するトラゼンタ®のエビデンス腎機能の程度の異なる2型糖尿病のある方に対するトラゼンタ®のエビデンス02腎機能の程度の異なる2型糖尿病のある方に対するトラゼンタ®のエビデンス03腎機能の程度の異なる2型糖尿病のある方に対するトラゼンタ®のエビデンス04腎機能の程度の異なる2型糖尿病のある方に対するトラゼンタ®のエビデンス05腎機能の程度の異なる2型糖尿病のある方に対するトラゼンタ®のエビデンス06腎機能の程度の異なる2型糖尿病のある方に対するトラゼンタ®のエビデンス07腎機能の程度の異なる2型糖尿病のある方に対するトラゼンタ®のエビデンス07腎機能の程度の異なる2型糖尿病のある方に対するトラゼンタ®のエビデンス07

4. リナグリプチンの糖尿病腎への影響

進行性腎疾患において、腎臓の線維化と機能低下は密接に関連しています。我々の研究チームでは糖尿病モデルマウスを用いた基礎研究において、リナグリプチンの糖尿病腎への影響を検討しました。その結果、リナグリプチンの投与により糖尿病腎の線維化に影響を与え、尿中アルブミン量が低下したことを報告しました(図12)13)。人に対するリナグリプチンの投与では尿アルブミン抑制を除き、この動物実験に認められるような顕著な腎臓に対する影響は確認できておりませんが、腎機能低下症例を含めた幅広い症例に対するリナグリプチンの安全性は多くの臨床試験で報告されています9-11)

リナグリプチンの糖尿病腎への影響

5. まとめ

糖尿病治療の目標は、糖尿病性腎症を含む合併症の発症・悪化を防ぎ、糖尿病であっても糖尿病でない人と変わらない寿命とQOLを達成することとされています14)。糖尿病のある方の腎機能を考慮しつつ糖尿病の治療目標を達成するためには、エビデンスに基づいた治療選択が重要です。本稿でお示ししたエビデンスを考慮すると、トラゼンタ®は腎機能低下リスクの高い症例から腎機能の低下した症例の2型糖尿病のある方の治療を行う上で、有用な選択肢の一つになると考えます。

References

  1. World Kidney Day. 2023 WKD Theme. https://www.worldkidneyday.org/2023-campaign/2023-wkd-theme/.
  2. Kidney Disease: Improving Global Outcomes (KDIGO) Diabetes Work Group. KDIGO 2022 Clinical Practice Guideline for Diabetes Management in Chronic Kidney Disease. Kidney Int. 2022; 102: S1-S127.
  3. 日本腎臓学会 編. エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2018. 東京: 東京医学社; 2018.
  4. 花房 規男 他. わが国の慢性透析療法の現況(2021年12月31日現在). 透析会誌. 2022; 55: 665-723.
  5. Ninomiya T, et al. J Am Soc Nephrol. 2009; 20: 1813-21.
  6. Bouchi R, et al. J Diabetes Investig. 2022; 13: 280-91.
  7. トラゼンタ®錠インタビューフォーム.
  8. Blech S, et al. 社内資料 ヒトでの代謝物検討試験.
  9. Ito H, et al. Expert Opin Pharmacother. 2015; 16: 289-96.
    (著者にベーリンガーインゲルハイム社・イーライリリー社より講演料、コンサルタント料を受領している者が含まれる。)
  10. Rosenstock J, et al. Cardiovasc Diabetol. 2018; 17: 39.
    (本研究はベーリンガーインゲルハイム社・イーライリリー社の支援で行われました。)
  11. Rosenstock J, et al. JAMA. 2019; 321: 69-79.
    (本調査はベーリンガーインゲルハイム社・イーライリリー社の支援で行われました。)
  12. Yang F, et al. Cancer Res. 2019; 79: 735-46.
    (著者にベーリンガーインゲルハイム社より講演料、コンサルタント料を受領している者が含まれる。)
  13. Kanasaki K, et al. Diabetes. 2014; 63: 2120-31.
    (著者にベーリンガーインゲルハイム社・イーライリリー社より講演料、コンサルタント料を受領している者が含まれる。)
  14. 日本糖尿病学会 編・著. 糖尿病治療ガイド2022-2023. 東京: 文光堂; 2022.
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